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04/25/2005

【映画】『海を飛ぶ夢』

『海を飛ぶ夢』を見終わって外に出た。

しかし動悸が収まらない。足が萎えている。吐き気と頭痛がする。

近くの植え込みに座り込んだ。

携帯を取りだして、数人の友人に電話をした。だが虚しくなってすぐにやめた。そんなことをしても何一つ伝わることなどありはしない。映画を見た後予定が入っていたのだが、すべてキャンセルして家に帰った。


『テシス 次に私が殺される』『オープン・ユア・アイズ』『アザーズ』と、これまでホラー/サスペンス風味の作品ばかり作ってきたスペインのアレハンドロ・アメナーバル(以前は「アメナバール」だったはずだが、今回は「アメナーバル」になっている)の新作。アカデミー外国語映画賞をはじめ幾つもの賞を獲得し、前評判は非常に高かった。しかし内容はホラーでもサスペンスでもなく、首から下が全て麻痺した男が尊厳死の権利を訴える物語。その上予告編から受ける印象が、個人的には全然駄目だった昨年の『みなさん、さようなら。』に妙によく似ている。あくまでもそれなりの期待で臨んだ作品だった。


まさかそこでこんなメガトン級の衝撃を食らうことになろうとは。


あのアメナーバルがこんな本格的なドラマを作りあげたことに驚かされる。もちろん『オープン・ユア・アイズ』は、単なるホラー/サスペンスの枠を超え、人間存在の不安に迫る傑作だったが、サスペンス的な要素は一切抜きで、ここまでの作品を撮れる人だとは思ってもみなかった。今年でようやく33歳。末恐ろしい才能だ。
決して映画史を塗り替えるような革新的技法があるわけではないし、語り口が極限的な高みに達しているわけでもない。しかしこんなデリケートな内容を、こんな偏りのない抑制の利いたタッチで映画化しただけでも絶賛に値する。夢のシーンでは、どうやって撮影したのかわからないトリッキーな撮影も出てくるが、それが決して虚仮威しとならず、ドラマの中に違和感なく溶け込んでいる。いつも通り、アメナーバル自身が手がける音楽は、これまでのどの作品にもまして素晴らしい。


しかしそんな話をいくらしたところで仕方がない。僕がこの作品にメガトン級の衝撃を受けたのは、映画の出来云々の問題ではないからだ。

単なる映画としてなら、これよりもよく出来た作品は他にもあるだろう。もちろん傑作ではあるが、映画史にひときわ大きく輝くほどの名作であるかどうかは疑問だ。


にも関わらずこの作品の内容/テーマは、このところずっと僕の心の中に巣くっていた思いを寸分の狂いもなく貫いてきた。


他の人がこの映画をどう受け止めるかはよくわからない。

しかし僕にとっては、頭の中で小型の核爆弾が爆発したような衝撃だった。

途中で見ているのが苦痛になり、何度も何度も劇場から逃げだそうと思った。でも逃げられなかった。劇場から逃げたところで、問題はついて回る。むしろここで逃げたら、想像力によってそれが実物以上の化け物と化し、自分が押しつぶされると予感したからだ。それが怖くて逃げられなかったのだ。


この作品には様々な人物が登場し、様々な考えを述べ、様々な行動を取る。その多くは何らかの葛藤や対立を含み、一人の人間の中でも考えがゆれ動いたり、感情と思考が矛盾していたりする。


だがそこに登場する全ての人物が僕の心の中に住んでいる。


例えば同じ四肢麻痺の身でありながら、主人公のラモンとは対極の立場に立つ神父。しかし一般社会においては、神父の言うことの方が正論、少なくとも圧倒的多数を占める意見だ。
確かに彼はテレビで「ラモンが死にたいと願うのは、家族の愛情が足りないからだ」と言い、一家の心を傷つける。そのため映画の中では一番の憎まれ役のように見える。
だがあなたは、彼と同じようなことを言ってしまった経験がないだろうか?
いや、きっとあるはずだ。
彼の軽率さ、意図せずして人を傷つけてしまう発言は、日常生活の中にゴロゴロ転がっている悪意なき罪の一つでしかない。あなたも私も、しばしば犯しているはずの罪だ。
ラモンと同様、あの神父もまた僕の心の中の住人なのだ。

神父と並んでラモンの自殺に強く反対する兄。彼とラモンとの口論は、どちらの意見にも分があるだけに、やりきれないほど切ない。「お前のために海を捨てて、こんなところで農場をやっている俺の気持ちがわかるか? 俺も妻も父さんも、みんなお前の奴隷じゃないか!」
ああ、彼もまた間違いなく僕の心の中の住人だ。

中でも最も僕が惹きつけられたのは、ロサだ。尊厳死の権利を訴えるラモンをテレビで知り、何かを求めてラモンに会いにやって来る。今は独身だと言う彼女に、ラモンが「じゃあ僕にもチャンスはあるわけだ」と軽く冗談を言うと、ロサは屈託なく笑う。ラモンは言う。「なぜ笑うんだい?」
さらにラモンは言う。「君がここに来た目的を教えてあげよう。君は挫折感に満ちた女性で、その心の空虚さを埋めるために、ここにやって来たんだ」。おそらくは自分でもはっきりと自覚していなかった本音を指摘され、逃げるように去っていくロサ。
だが彼女は戻ってくる。そして、自分には決して持ち得ぬ絆で結ばれたラモンとフリアの仲に嫉妬心を燃やしながらも、次第にラモンを深く理解し、愛の純度を高めていく。
彼女もまた僕の心の中の住人だ。

そしてフリア。
後半、フリアとラモンの間で、最も普通の意味で泣かせるクライマックスとでも言うべきシーンが登場する。
それを見て、この映画はこれから二人の道行きを描くことになるのだなと思った。
通常の映画なら間違いなくそうなっただろう。
そうなっていたら、僕はもっと普通にこの映画に感動し、絶賛していただろう。
だがそんな展開は決してありえないことを、やがて思い知らされる。
そして彼女は、最後のトドメとでも言うべき役割を担って、ラストを締めくくる。


彼らはすべて僕の心の中に住んでいる。


この映画には、様々な愛の形が描かれている。
だがそこに描かれる全ての愛は、エゴイズム、所有欲、依存心、プライド、代償行為などと切っても切れぬ仲にある。
そして「人を愛するとはどういうことなのか」という根源的な問いを突きつけてくる。
その全てが、僕の心を貫いていく。


なぜ僕は今、この映画に出会ってしまったのだろう。


他の人がこの映画を見てどう思うかは、わからない。
僕という人間の内面を全て見せた時、他人はどう思うか?
それを正確に推測するのと同じくらい困難な作業だ。


『海を飛ぶ夢』は、ある意味僕にとって「映画」ではない。

少なくともそこから受けた衝撃は、普段映画を見ることで得られるタイプの感動や衝撃ではない。

それはむしろ心理学や精神分析の本を読むことで、自分自身の姿に気づいた時の衝撃によく似ている。


だからこの映画が客観的に良いか悪いか、ドラマ的にどんな構造をしているか、どのような映画文法が用いられているか…そんなことはもはや大した問題ではない。


この映画に描かれているのは僕の精神そのものであり、そこに登場する人物は一人残らず僕自身の姿なのだ。


(2005年4月初出)

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