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04/28/2005

【映画】『アイデン&ティティ』愛しい

中島「音をはずしちゃったね」
彼女「そんなこと関係ないよ」

僕もこの映画にそう言いたい。


久々に魂わしづかみ、ハートを直撃の、個人的ツボにはまりまくりの映画である。
思わず「(ToT)」マークを30個くらい付けたくなる映画である。

田口トモロヲの初監督作品。脚本は宮藤官九郎。しかし田口トモロヲの個性やクドカン色が強いわけではない。色という意味では、これはどこをどう切っても「みうらじゅん」の映画である。みうらじゅんの熱い思いが溢れかえった映画である。田口、クドカンの功績は、そのままでは臭みが強すぎるみうらじゅんの個性を、より普遍的な青春映画に翻訳し、最良の形で生かした点にあるのだと思う。

田口トモロヲ、初監督作品というだけあって、全体の構成やシーン/ショットのつなぎで、ちと首を傾げる部分もないわけではない。

でも「そんなこと関係ないよ」。

この映画に溢れる熱い思いに反応出来ない人間は「バカ!死ね!」の一言(二言?)で切って捨てたい、そんな映画である。


それにしても素晴らしきは、主役の中島を演じた峯田和伸である。GOING STEDYというバンドの中心人物だったそうだが、その音楽活動については僕は何も知らない。一体何が彼にここまでのなりきり演技をさせたのだろう。ミュージシャンという人種は元々個性が強く自己表現というものに長けているから、芝居をさせてもそれなりにこなしてしまう人が多い。だがこの作品における峯田の演技は、そんなレヴェルをはるかに超えている。そこにいるのは「中島」そのものである。中島の情熱、哀しさ、悔しさが何の夾雑物も通すことなく、ストレートに見る者に伝わってくる。今後彼が俳優業を続けたとしても、二度とこんな芝居はできないだろうと思わせる、一世一代の名演である。

中村獅童、大森南朋、マギーという他のバンドメンバーも峯田をうまくサポートしている。一番目立つ中村もさることながら、大森が何気でかなりいい。「彼女」役の麻生久美子はいつも通りの麻生久美子だが、あの棒読み調の台詞回しが、作品の雰囲気にピタリと合っていた。


ただ一つ見ていて興を削がれたのは…何に惹かれてきたのやら、劇場は20代の若い観客で満員だったのだが(30代以上はごくわずか)、こいつらの反応がどうも鈍い。絶対笑うだろうというシーンでも笑わない。早い話が、こいつら1980年代末の「バンドブーム」というものをあまり知らないようなのだ。
だが考えてみれば当然かもしれない。何しろイカ天が始まり、急速に盛り上がり、急速にブームが消滅したのが1989年から1990年にかけて(バンドブームそのものは、イカ天以前からあった)。今20代の前半であれば、当時はまだ10歳そこそこ。深夜の番組だから、実際に番組を見たり、バンドの音を聴いたりしたことがなくても、不思議はないわけだ(それにしてもあれだけいろいろなバンドが出ながら、結果的にプロとして大成したのは、ブランキー・ジェット・シティ以外にいないという事実には慄然とさせられる)。
もちろん大した予備知識がなくても十分に感動出来る、普遍的な青春映画にはなっている。だがこの作品が、バンドブームの盛衰という、バブル時代末期に起きた文化的事件(今にして思えばイカ天ナイトがエムザ有明で開かれたのは象徴的だ)を清算し、「自分たちにとってバンドブームとは、ロックとは何だったのか」という問いを発していることは確かだ。当時の状況と、その後の日本のロックの状況を肌で知っているのと知らないのとでは、感情移入の度合いに差が出ることはやむを得まい。
エンディングにボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」がかかった時には全身鳥肌。思わず拍手をしたくなったが、あまりにも周りから浮きそうなのでやめておいた(俺ってロックじゃないなあ)。
こんなことなら無理をしてでも東京国際映画祭かフィルメックスで見ておくべきだった。


この作品で語られる熱いロック観は、しかし今の僕自身のロック観とそれほど重なるものではない。言ってしまえば、ここで語られるロック観は、明らかにもっと上の世代、60年代から70年代前半のロックを肌で知っているような人たちの価値観である(みうらじゅん自身も、実際にはもう少し下の世代だ)。それはロックが最も熱かった時代、最も時代の理想を託されていた時代の価値観であり、1990年頃においても、すでに時代遅れになっていた価値観である。
その価値観が敗北したことは、もはや誰もが知っている。だがその価値観は何から何まで間違いだったのだろうか? 
確かに大部分は青臭い間違いだったかもしれない。だがその中には、全て一緒くたにして捨て去ってはならない真実、今の時代にも通じる普遍的な宝物が含まれているのではなかろうか? 
この作品は、ロックの、そしてバンドブームの灰の中から、燃え尽きることなく残った宝物を拾い上げてくる。それを21世紀にも通用する形でブラッシュアップして提示してくる。

今の僕は思う。「でもそれはロックだけに託された宝物じゃない。ロックはそこまで特別な音楽じゃなかったんだ」。

だが次の瞬間こう思う。「だから何だ? そんなことが、ここで示された素敵な宝物を否定する理由になるのか?」

そう、この作品は「ロック」という音楽への熱い思いで全てが成り立っている。だがそこから生み出されたものは、ロックという枠を超えた、より普遍的なものだ。それは何かと考えた時、『アイデン&ティティ』という一見ふざけたタイトルと、同名のテーマ曲が内包するふたつの意味が、全てを物語っていることに気づく。


2004年の1月3日に見てしまったが、昨年中に見ていたなら、邦画のベストワンは間違いなくこの作品だった。


新年早々『イン・アメリカ』『アイデン&ティティ』と、作り手の「心」、熱い思いが感じられる作品に連続して出会い、大満足である。


                 *


上記の感想を書き終え、アップしてから外出。行きがけに駅の本屋でみうらじゅんの原作漫画(角川文庫版)を購入し、行き帰りの電車内で一通り読み終えてしまった。

そこで気がついたことを補足として幾つか。

まず「クドカン色が強いわけではない」と書いたし、それはそれで間違いないのだが、原作を読んでみると、この作品において、宮藤官九郎が職人的とも言えるスタンスで巧みな脚色を行っていることがよくわかった。
台詞などはほとんど原作通りだが、幾つものエピソードを微妙に並べ替えたり、まとめたりすることで、いささかとっちらかった印象がある原作よりも、遙かに見通しの良い物語に仕上げている。それでも「ディラン出し過ぎ」とか「回想多すぎ」とか不満はあるのだが、余分なものは付け加えず、ほぼ原作の中にある要素だけで作った物語としては、かなり巧みと言っていい。クドカンの脚本家としての地味な才能を見直してしまった。
ともあれ原作も面白いが、ほとんどの面で映画の方が勝っている。確かにどこを切ってもみうらじゅんテイストの作品ではあるが、あのスタッフ・キャストがいたからこそ、あれほど素晴らしい映画になり得たのだということがよくわかる。


そしてこの文庫本には『アイデン&ティティ』の続編(ヴォリューム的にはこちらの方が少し長い)である『マリッジ』という漫画も収録されているのだが…

これ、素晴らしすぎ(;_;)

『アイデン&ティティ』の方は、確実に漫画よりも映画の方が素晴らしいのだが、『マリッジ』はその映画版に匹敵するほど素晴らしい。

非常に微妙なニュアンスだが、『アイデン&ティティ』は「(ToT)」。
それに対して『マリッジ』は「(;_;)」という感じ。

『アイデン&ティティ』があくまでも青春ものなのに対し、『マリッジ』はいわば大人の物語。青春の持つ価値を失うことなく大人として成長し、人を愛するとはどういうことなのか? 大人になってもロックし続けるとはどういうことなのか? そんな問いに立ち向かう中島の姿が描かれている。

『アイデン&ティティ』では、まだ描こうとしているものの方向性が定まっていない、それ故にどこかとっちらかった印象を受けるのだが、この『マリッジ』になると、描きたいことがはっきりと見えている感じがする。と言うより中島というキャラクターが、もはや作者の手を離れて、自分で動き、話をしている…そんな自然さと躍動感に溢れている。そして『アイデン&ティティ』にも増して、登場人物に対する愛が溢れている。


もし映画『アイデン&ティティ』が気に入ったら、ぜひこの原作、とりわけ続編である『マリッジ』も読まれることをお薦めする。みうらじゅんらしいアクの強さは控えめなので、あの個性が苦手な人でも多分大丈夫。


(2004年1月初出)

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