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04/03/2005

【映画】『イン・アメリカ/三つの小さな願い事』心の映画

『マイ・レフト・フット』にせよ『ボクサー』にせよ、ジム・シェリダン監督の作風は、とても折り目正しく、優等生的だ。それ故に胸ぐらをグイッと掴むような迫力に欠けることは否めなかったし、ジム・シェリダンを一人の映画作家として強く意識したことはほとんどなかった。

ところがこの『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』はまったく違った。演出そのものは、いつも通りの折り目正しく優等生的なジム・シェリダンなのだが、そこには今までの作品に見られないほど「心」が溢れていた。もちろん今までの作品に心が欠けていたというわけではない。だがここまでストレートに、作り手の「心」が伝わってくる映画は、ジム・シェリダン作品ならずとも滅多にない。

「なぜあのジム・シェリダンが、突然こんな心のこもった映画を作ったのだろう?」。素晴らしく感動的な、一連のラストシーケンスが終わり、暗い画面にエンドクレジットが流れ始めた時、その謎は解けた。

最初に浮かんだ一枚のクレジット「フランキー・シェリダンの想い出に捧げる」。続いて出た脚本のクレジットは「ジム・シェリダン&ナオミ・シェリダン&カーステン・シェリダン」。

そう、この映画はジム・シェリダンの自伝的な作品であり、しかも脚本を二人の娘(つまり映画に登場するあの姉妹だ)と共に書いていたのだ。

もちろん実体験に基づいているから心がこもった映画ができるとは限らない。だがシェリダンは元々演出家としての腕は確かだ。自伝的な内容を描くことで、それまでの第三者的なよそよそしさが排除され、彼が持っているヒューマニスティックな作風が素直に表面に出てきたということだろう。この映画を心底作りたかった、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
と言っても、そんなにむき出しの思いが溢れた、肩に力の入った作品ではない。むしろいつにないほどリラックスした作風になっている。リラックスしすぎて、ちとゆるい部分すらある(笑)。だかそんなゆるささえも、この作品にとっては一種の愛らしさとなっている。

俳優陣が皆素晴らしい。アダム・サンドラーとヒュー・グラントを足して2で割ったような顔をしたパディ・コンシダイン。アウシュビッツの女囚人みたいな髪型(笑)と、ナイスバディのアンバランスさが魅力的なサマンサ・モートン。何をか言わんやのサラ・ボルジャー&エマ・ボルジャーの姉妹。そして何から何まで言葉を失うほど素晴らしいヤク中アパートのE.T.ことジャイモン・フンスー… これは役者自身の演技力もさることながら、脚本と演出に、登場人物への愛が溢れているが故のことだと思う。

ジム・シェリダン自身の実話を基にしたストーリーだが、そのあちこちに映画『E.T.』のモチーフを散りばめたのが大成功だ。とりわけ印象深い三つのシーンが、すべてE.T.がらみなのだから凄い。前半のクライマックスとも言えるE.T.人形獲得のシーン、マテオ(ジャイモン・フンスー)が「ホームへ帰るんだ」というシーン、そして誰もが涙を抑えるのに苦労するであろう、あのラスト… それ以外にも、「ハロウィン」や「蘇生」「呼応しあう生と死」など、思わずニヤリとしてしまうエピソードが並んでいる。『E.T.』を見ていなくても極端な問題はないが、あの映画が好きな人なら、深い愛情に溢れた引用の数々に胸を打たれること間違いなしだ。

この作品を「大傑作!」と絶賛するのを躊躇する最大の理由は、ところどころに見られるゆるさもさることながら、非常にシビアな題材を扱いながらも、「おとぎ話」以上のものにはなっていないからだ。出てくる主要人物は誰もが善意に溢れているし、様々な意味で綺麗事に過ぎる部分が多い。人間描写はある意味一面的であり、深い陰影に富んでいるとは言い難い。

しかしこの作品が最初から(『E.T.』と同様)「現代のおとぎ話」を狙っていることは明らかだ。しかも結果的には「ただのおとぎ話」ではなく、「最高のおとぎ話」になりえている。


これほど「作り手の心がこもった映画」は滅多にない。
これほど「愛さずにはいられない映画」も滅多にない。


それほど大きな話題になってはいないようだが、ぜひ多くの人に見て欲しい、万人に薦められる映画だ。同じ涙を流すなら、間違っても『半落ち』ではなく、この『イン・アメリカ』で泣いて欲しい。


P.S.
プログラムの12ページで、越智道雄という人が、三つ目の願いについてとんでもない間違いを書いている。この人はちゃんと映画を見ていたのだろうか? こんな文章を平然と載せてしまう配給会社も配給会社だ。抗議のメールでも出してやろうか。


(2004年1月初出)

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