【映画】『エレニの旅』
4月29日(初日)3回目の上映を観賞。しかしアンゲロプロス映画が、上映環境イマイチなシャンテシネ3で公開とはどういうことだ。これまではずっとシャンテシネ1(かつての2)が定席だったのに。
『永遠と一日』以来6年ぶりとなるテオ・アンゲロプロスの新作。20世紀を総括的に描く3部作の第1弾だそうだ。
一言で言えば「とてつもない」。
今はそれ以外に言葉が見あたらない。
とは言うものの、実は前半は映画の世界にうまく入り込めなかった。何しろアンゲロプロスの映画は、見る側にもそれなりの観賞態度を要求する。いわば観客としての資格を問うような映画だ。知性と感性をフル回転させて真剣にスクリーンと対峙しない限り、門前払いを食わされることになる。
今回も、通常の映画とかけ離れたアンゲロプロス独自の映画言語が、最初はすんなり頭に入ってこず、疎外されたような気分を味わっていた。さらに言えば、アンゲロプロスファンを自称してはいるものの、『アレクサンダー大王』『蜂の旅人』『こうのとり、たちずさんで』など、苦手な作品も少なからずある。前作『永遠と一日』ですら、今ひとつピンと来なかったのだ。途中までは「今回も駄目か…」と諦めかけていた。
だが後で振り返ってみれば、それはこちらの集中力不足に問題があったようだ。ここ数か月、映画離れをしていたせいだろう。やはり精神がある程度のテンションを保っていないと、アンゲロプロスの映画に十全に向き合うことはできない。
それが突然電気に打たれたような衝撃を覚え、あらゆる知性と感性が一挙に目を覚ましたのは、ちょうど真ん中辺りに出てくる「水没したニューオデッサ」を見た時だった。このシーケンスの前と後で、自分の中の時間感覚が完全に変わってしまっている。そこから先の1時間十数分は、あっという間でありながら永遠のような感覚を覚えさせる、至高の「映画時間」そのものだった。
あの映像の一体何にそれほど感動したのだろう? 実は自分でもまだそれがわかっていない。少なくとも言葉にはなっていない。だが5分あるかなしかの、あのシーケンスが、自分の内面にある何かに火を点けたのだ。
そこから終盤までは、「究極の映画表現」と言いたくなる映像の連続に、息が止まるような思いだった。特に「赤い糸」「最前線での兄弟の対話」などは、見ていて悶絶死しそうになった。一体何なんだ、あの表現の強度は? 絵面だけ見れば、例えばキューブリックのように大向こうを唸らせる絵画的美しさを持っているわけではない。だがそこに時間という縦糸が加わり、映画として動き出した時、画面の全てが比類なき輝きを見せ始める。そして「究極の映画」が目の前に立ち現れる。
前半に顕著なタルコフスキー映画との類似性、これまでの作品とかなり違う編集、何度も反復される川と汽車が持つシンボリズムなど、気になる点は幾つもある。だが今はあまり細かい部分に言及する気にはなれないし、言及できるほど消化できてもいない。
今はただこう言う他ない。
「とてつもない」
今年の「映画」としてのベストワンは、おそらくこの作品で決まりだろう。
なお、本作の日本語タイトルは『エレニの旅』という、当たり障りのないものになっているが、英語タイトル(多分ギリシャ語も)は「The Weeping Meadow」=「涙を流す草原」だ。これが何を意味するかはラストで語られる。その時、本来のタイトルが「The Weeping Meadow」であることを知っているか否かで、感動の度合いがかなり違ってくるように思う。この原題は必ず覚えておいた方がいい。
http://www.bowjapan.com/eleni/index.php
(2005年4月初出)
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Comments
はじめまして
私も今年のベスト1決まりと思います
観るまでは「サマリア」で絶対決まりと思ってたけど
「サマリア」の前は「エターナル・サンシャイン」が1番だったけど
今度こそ、これで間違いない
アンゲロプロスは事実上初めての鑑賞でしたが、いままでこんなすごい男を知らずに生きてきたのがもったいないと思いましたよ。
Posted by: しん | 05/12/2005 01:52