« 【演劇】ク・ナウカ「僕らが非情の大河をくだる時」 2005.2.19 | Main | 【映画】『王女メディア』短評 2 »

03/01/2005

【映画】『王女メディア』短評 1

ダメだ…ほとんどわからなかった。

見始めてすぐに気がついたのは、この作品が完全にエウリピデス
の原作を知っている人向けに作られているということ。先にプロ
グラムのあらすじを読んでおくべきだったと後悔した(一見邪道
だが、そうした方が良い映画はいくらでもあると思う)。

オープニング部分を除けば、全編ほとんど台詞がなく、中盤など
さながらサイレント映画。「説明的」という言葉からは100万光年の
彼方にある。「エウリピデスの原作」と書いたが、これはいわゆる
ギリシャ悲劇なので、ヨーロッパ人にとってはごくごく常識的な
知識なのだろう。「竹取物語」の原典を直接読んだ人は少なくても、
日本人なら誰でもかぐや姫の話を知っているようなものだ。
それと同じようにこの映画は、見る人間が『メディア』のおおまかな
ストーリーや人物設定を知っていることを前提とした上で、そこに
大胆な解釈を施した作品だと思う。つまりメディアのストーリーを
知らない僕は、最初の段階で足切りにあったわけだ。

そんなわけでプログラムを買って読んだら、「ああ、そういうこと
だったのか!」の連続。さらに「メディアは第三世界の象徴、それに
対して夫のテアソンは西欧世界の象徴…」などという文章を読んで、
「うわ〜、オレ何にも理解してないや(^^;)」と頭を抱えてしまった
次第。やはり西欧文化をきちんと理解しようと思ったら、聖書は
もちろんのこと、ギリシャ神話/ギリシャ悲劇に関する知識も必須
項目のようだ。

ただし110分もの長丁場をとりあえず居眠りもせずに見ていられ
たのは、映像にかなりの力があるから。ただしこれは「映画と
しての力」というより、カッパドキアでロケをしたという荒々しい
「風景の力」だ。「映画」としては、ものすごくギクシャクした
部分が多いし、技術的にも首を傾げたくなる部分が多々ある。同
一人物が画面の左右に立っている場面で、左側の人物の影が真ん中
(合成部分)でいきなり食い違っているのにはさすがに苦笑した。全
編手持ちカメラというのも、見にくいだけで、あまり効果を上げて
いなかったような気がする。


(1999年5月初出/2001年1月改訂)

|

« 【演劇】ク・ナウカ「僕らが非情の大河をくだる時」 2005.2.19 | Main | 【映画】『王女メディア』短評 2 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/85126/3104538

Listed below are links to weblogs that reference 【映画】『王女メディア』短評 1:

« 【演劇】ク・ナウカ「僕らが非情の大河をくだる時」 2005.2.19 | Main | 【映画】『王女メディア』短評 2 »