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03/28/2005

【本】『モンスターフルーツの熟れる時』小林恭二

「無垢なる少年という神話を暴力的でエロティックな物語のうちに再生する小林恭二の最高傑作」「欲望・倫理・感性・理性…人間存在を支える一切の概念を打ち砕く、日本文学史上希有の傑作」

目にした方が気恥ずかしくなるような帯のコピーが逆に新鮮で、思わず手に取ってしまった一冊の本。もっとも「小林恭二の最高傑作」などと言われても、僕はこの作家をまったく知らない。最初はてっきり『人獣細工』や『玩具修理者』の作家の新作かと思ってしまった(それは小林泰三だって)。しかしよく似た字だな)。
渋谷の猿楽町を舞台にした物語らしい。桜井亜美のような現代青春風俗小説かと思ったが、最大のキャッチコピーは「僕は破壊の王になる」と大きく出た。まるで20年後の『コインロッカーベイビーズ』だ。買うべきか否か1〜2日迷ったが、デジカメで撮られた表紙の写真=女の子とイチゴのざらざらとした質感が妙に心に引っかかって、結局手に入れた。


そんなわけで読み終えた『モンスターフルーツの熟れる時』…この小説を「日本文学史上屈指の傑作」とまで絶賛できるかどうかは疑問だ。他の作品など読んでいないので、当然「小林恭二の最高傑作」かどうかもわからない。ただしこれが「自分にとってはまぎれもない傑作」であることだけは間違いない。


渋谷と代官山に挟まれた町=猿楽町に生まれ育った男を語り手とした4編の連作小説。ただし後半の「千原」と「わたし」は完全に連続した一つの物語を形成しているので、実際には「君枝」と「友子」、そして「千原」&「わたし」という3つの物語で構成されていると言っていいだろう。おそらく最初の一編で手応えを感じた作者が、それに連なる世界の中で「友子」を書き、「わたし」こと林祐二に、その世界への決着を付けさせたのではないだろうか。


「君枝」で展開されるのは、予想とはまったく違うマジック・リアリズムの物語だった。もっとはっきり「ファンタジー」と言ってもいいのだが、「そんな馬鹿な…」と言いたくなる出来事が日常茶飯事のように起きる物語を、淡々としたユーモアを交えながら描いてゆく筆致は、確実にガルシア・マルケスやホルヘ・ルイス・ボルヘスといったラテン・アメリカの作家たちの作風を想起させる。本作など『百年の孤独』の一挿話として組み込まれていたとしても、まったく違和感がないだろう。
この作品は特にエロティシズム色が強いが、そこから受ける印象は不思議なほどに清らかだ。十分に艶めかしくはあるものの、作者の視点が肉体ではなく、その向こうにある何かスピリチュアルなものに向けられており、肉体の交わりは、その天国の門を叩くための通過儀礼のように描かれているからだろう。
どこに着地するのかまるで予想のつかない、この何とも奇妙な物語は、最終的には寓話的な愛の物語、ある種の生命賛歌へと収斂していく。それまで描かれてきた「俗」が、ラスト数ページで一挙に「聖」へと転化していく様は圧巻で、読み始めた当初からは想像もつかない種類の感動に胸が満たされていく。

その感動は、次のエピソード「友子」でさらなる高みへと上りつめていく。物語の奇想天外さとユーモアでは「君枝」の方が一枚上だろう。しかしこれほどまでに愚かしく、これほどまでに美しい「愛の物語」は希ではなかろうか。しかもこの作品は冒頭こそ瑞々しい青春物語の装いを保っているが、その後はミステリータッチとなり、やがて貴志祐介の『天使の囀り』を純文学的にリメイクしたかのような唖然とする展開を見せつつ、終盤にいたってようやく愚かで純粋な愛の物語という正体を顕わにする。見当違いな方向に飛んでいったブーメランが、忘れた頃になって後頭部を直撃したかのような、その時のショック! 
人を愛すれば愛するほどに感じる苛立ちと不安…それを克服するために友子が取った行動は、いかにも愚かなものだ。しかし愚かさとは純粋さの同義語に過ぎず、彼女の示した愛は、まさにその愚かさ故に哀しく美しい。なぜかレイ・ブラッドベリの「霧笛」を彷彿とさせるエピローグ部分に至るまで、愚かなる愛を見つめる作者の視点は、静かな優しさと共感に満ちている。

スティーブン・キングの『IT』を思わせる「千原」「わたし」も、ブラックなユーモアとミステリアスな展開で読む者を捉えて放さないが、正直なところ前半を占める2つの素晴らしいラブ・ストーリーに匹敵する感動は得られない。見事な短篇として、完結した作品世界を形作っている「君枝」「友子」に比べると、後半の2編には、長大な物語の発端部分だけを見せられたような密度の薄さを感じてしまう。できることなら、この二作をプロローグとした本格的な長編、現代の日本を象徴する街「渋谷」を舞台にした壮大な法螺話を描いて欲しいものだ。


そんなわけで自分にとっては大きな拾い物となった『モンスターフルーツの熟れる時』。ラテン・アメリカ的なマジック・リアリズムとユーモアが、こんなスマートな形で現代の日本に移植できるというのは、少なからぬ驚きだった。今まで名前さえ知らなかった、この小林恭二という作家に俄然興味が湧き、『カブキの日』という旧作を読み始めたところだ。こちらも面白ければ、しばらくの間この人との付き合いが続くことになるだろう。


【注】2005年3月
この後小林恭二は、「現代」ではないが、渋谷という街を舞台にした壮大な法螺話を書き上げる。輪廻転生をベースにした奇想天外なラヴストーリー『宇田川心中』だ。かなりエンタテインメントに傾いた作品故、『モンスターフルーツの熟れる時』ほどの衝撃はないが、こちらも十分に面白い。『モンスターフルーツの熟れる時』と続けて読めば興味倍増だろう。


(2001年6月初出)

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