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03/06/2005

【音楽】fra-foa『13 leaves』 愛するが故の孤独

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デビュー作『宙の淵』の切迫した表現から一転、穏やかなラヴソングを中心にしたセカンドアルバム。

「edge of life」「blind star」などは、明らかに前作の「澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。」の系譜に連なるアップテンポのナンバーだが、全体にグランジロック的な激しさは後退し、耳に優しいポップなサウンドが目立つようになっている。前作に強い思い入れを持つファンは、その変化に戸惑い、失望の声も少なからず聞かれた。

だがそれは表現の手法が変わったに過ぎず、三上ちさ子の描く世界観そのものが変わったわけではない。生きることの悲しさ、限りある生に対する愛おしさ、純粋さと現実との葛藤…歌の根本にあるテーマは、前作とほぼ同じだ。ただそのようなテーマを極めてストレートな言葉とサウンドで綴った前作と違い、今作では男女の愛を通して描いているため、多少の読解力が必要になっただけの話だ。

このアルバムに収められた数々のラヴソングに、よく耳を傾けて欲しい。男女の愛の甘美さや幸福感を歌って終わり、という歌など一曲もないことに気づくはずだ。

ちさ子が歌っているものは、どんなに愛しても決して相手と一つにはなれないという孤独感、深く愛しあうことが出来たとしてもいずれは死が二人の間を分かつことになるという悲しみ、それでも私はあなたのいない人生に意味を見いだせないという葛藤だ。「出さない手紙」「消えない夜に」「lily」などは言うに及ばず、アルバム中最も勢いのあるナンバー「煌め逝くもの」でさえ、その曲調とは裏腹に、歌詞は残酷なまでに切なく、狂おしい。

またちさ子のヴォーカリストとしての成長も著しい。初期衝動に溢れた前作の歌は、感情をストレートに表現できる力さえあれば、誰が歌ってもそれなりに訴えかけるものを持つはずだ。だが本作の「出さない手紙」のようにシンプルなラヴソングを聴く者の心に響かせるには、歌手としての絶対的な力量が必要となる。
悲しい歌を歌って人を泣かせることは、さほど難しいことではない。だが「電話帳を読み上げただけでも人を泣かせることが出来るだろう」と称えられるのは、ビリー・ホリデイのような真の名歌手だけだ。ちさ子もまた、このセカンドにおいて、素材に頼ることなく歌声によって人の心を揺さぶることができる歌手へと成長したのだ。


前作と同様、捨て曲なしの名盤だが、この一曲と言えば「小さなひかり。」に止めを刺す。「青白い月」と並ぶfra-foa最高の名曲。いや、日本語で歌われたあらゆるロック/ポップスの中でも屈指の名曲。少年時代の夏の香りをこれほど思い出させてくれる曲を、僕は他に知らない。

前述の「煌め逝くもの」は、曲的に言えば平凡だが、過ぎ去った恋を短編小説のようなタッチで描き出した歌詞は、間違いなくfra-foaの最高傑作の一つに数えられる。ラップのように次々と言葉をぶつけてくる歌い方も、疾走感に満ちた演奏も、逆に心の痛みを際だたせる効果を上げている。

また「出さない手紙」「light of sorrow」「消えない夜に」などのラヴソングも、聴きこむほどに味わい深い。誰かを愛すれば愛するほど強くなっていく悲しみや孤独感を歌うちさ子は、やはり『宙の淵』と同じ地平に立っている。


本作のプロデュースを手がけているのは、Coccoの全作品をプロデュースしたことでも知られる、Dr.Strange Love の根岸孝旨。大きな流れで見ればCoccoとfra-foaが同じ系列の音楽であることは間違いなく、根岸の参加によって、サウンドの感触がますますCoccoに似てきたことは否定できない。

だがそうやってよく似たプロデュースを施されることで、かえってCoccoとfra-foaの違いが鮮明になった部分もある。その違いを、いささか抽象的な、しかしリスナーである自分にとっては最も本質的な表現で言うなら、次のようになる。

音楽に限らず、いかなるジャンルにおいても、僕が感動を覚える芸術には二つのタイプがある。

一つは、目から鱗が落ちるような真実を描き出したり、自分には決して考えつかない斬新な表現を提示したりすることで、こちらの世界観やイマジネーションを押し広げてくれるもの。

もう一つは、自分が普段から思っていること、心の中にもやもやした形で存在するものを、より明確な形で表現することで、凍てついた心を解放してくれるもの。

映画監督で言えば、スタンリー・キューブリックやテオ・アンゲロプロスは前者、クシシュトフ・キェシロフスキは後者の代表格と言える。

そしてCoccoとfra-foaについて言えば、Coccoは前者、fra-foaは後者ということになる。

Coccoの歌は、赤裸々な歌詞と激情的なヴォーカルゆえに、むしろ後者に分類されるように思える。だが彼女の音楽は、あくまでも孤高のものだ。サウンド的にはロックの最も美味しい部分を濃縮した、ある意味王道とすら言えるものだが、それをCoccoが歌う時、他の誰にも真似の出来ないCoccoだけの世界が立ち現れる。
その世界は確かに聴く者の心と共鳴する何かを持っている。だが最も心を揺さぶられるのは、誰よりも深く絶望し、誰よりも烈しく感情を高ぶらせながら、ただ一人孤独な道を歩むCoccoの存在そのものだ。我々はCoccoと同じ道を歩むことはできない。誰よりも厳しい道を歩き続けるCoccoの姿を道標として、一人一人が同じように自らの道を歩むだけだ。Coccoの音楽は、「共鳴(共感)」はできても、決して「共有」はできない。

そんなCoccoに比べれば、fra-foaの描く世界は、遙かに身近なものであり、普通の意味で感情移入しやすい。
Coccoの書く詞は、ハッとするような言葉の組み合わせが次々と現れ、どうしたらこんな詞が書けるんだと呆然とさせられることもしばしばだ。それに対してちさ子の書く詞は、誰にも負けない個性や斬新さではCoccoに劣るが、「そうだ、これが自分の言いたかったことなんだ」と思わせる共感の強さにおいてはCoccoを凌いでいる。
ヴォーカリストとしても同じ憑依型ではあるが、Coccoに憑依するものが、日常を離れた自然のスピリットや宇宙的な暗黒であるのに対し、ちさ子に憑依するものはより人間的なもの、我々聴く者の心の中に存在する感情だ。

この違いをもって、どちらが表現者として優れているかなどと考えるのは馬鹿げている。どちらも優れた表現者であり、自分はそのどちらも必要としている。
fra-foaの音楽がCoccoに似ていること自体は確かだが、だからと言ってfra-foaはCoccoの代用品として終わるようなバンドではない。同様にfra-foaの存在がCoccoの不在を埋められるわけでもない。この二者は、非常に近いところに立ちながら、あくまでも違う歌を歌っているのだ。


『宙の淵』は二度と再現できない奇跡のようなアルバムだった。

『13 leaves』は、「唯一無二」という観点から言えば、前作に遠く及ばない。

だが聴き方さえ間違えなければ、このアルバムには前作に共通するスピリットと、前作以上の音楽的豊かさがあることに気づくはずだ。


この名盤を正当に評価しなくてはならない。


P.S.
一見普通のラヴソングに聞こえる「消えない夜に」だが、実は死期を悟って姿を消したネコの姿を歌ったものらしい。確かに相手を人間の男性として情景を思い浮かべると「?」となる描写が幾つかあったので、この話を聞いた時には大いに納得してしまった。
ただしあえて曖昧な表現を使い、人間同士のラヴソングに聞こえるように作ってあるので、この歌にラヴソングとしての感動を抱いたとしても、まったく問題はないと思う。僕はそんな事情を知った上で、日常的にはラヴソングとして聴いている。ネコを飼っているため、本来の情景を思い浮かべると、思わず涙が出てしまうせいもあるが…


(2005年2月初出)

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