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03/31/2005

【映画】ありがとう 自由が丘武蔵野館

2004年2月29日(日)、東京都目黒区自由が丘にある映画館、自由が丘武蔵野館が閉館した。


開館は1951年というから、実に53年の歴史を持つ由緒ある映画館だ。だが僕にとって感慨深いのは、そのような客観的な歴史のためではなく、僕自身が大学に入学して東京に引っ越してきて以来、おそらく最も数多く足を運んだ映画館だからだ。
特に「名作を見た度合い」で言えば、ダントツと言っていい。1982年から2004年まで、22年間分の山のような想い出が詰まった映画館。こんな劇場は他にはない。強いてあげれば、昨年閉館となった渋谷パンテオン(その大画面、大劇場ならではの風格から、「映画館」の象徴のような存在だった)、そして名画座時代からよく通ってきたテアトル新宿くらいだが、どちらも映画を見た本数や名作を見た度合いでは、自由が丘武蔵野館に遠く及ばない。少年時代に通った静岡の映画館には、とてつもない思い入れがあるが、考えてみれば静岡の映画館に通ったのはわずか7年間。22年間の歴史的重みには及ばない。

最初に訪れたのは1982年の4月、忘れもしない『アニマルハウス』と『ブルース・ブラザース』の2本立て。東京に引っ越してきてから初めて見た映画だった。それだけでも個人史において記憶されるべき劇場だろう。当時は「武蔵野推理劇場」という名前で、場所は今と同じだが、極めて古い昔ながらの映画館だった。トイレが狭くて汚かったのをよく覚えている。この頃は昔ながらの名画座然としたプログラムで、評判の高い旧作を二本立てで上映していた。

だがこの武蔵野推理劇場は1984年に一時閉館となり、1986年に現在のビルに建て直される。1Fは今と同じくエグザスが入っていたと思う。館名は「自由が丘武蔵野館」に変わっていた。
ただしここからしばらくは足が遠のくことになる。一つには、僕自身の映画を見る本数が非常に少なくなったため。80年代の半ばから後半は、映画を見始めた1975年以降で、もっとも映画を見なかった時期なのだ。
もう一つの理由は、リニューアル後数年間は、銀座文化と連動したプログラムで、オードリー・ヘップバーン映画などのハリウッド・クラシックを上映する劇場になってしまったからだ。この手の映画があまり好きでない僕にとっては有り難くない変化であった。それでもヒッチコックやヴィスコンティなどがかかると時々足を運んだりしていた。
その中でも特に忘れられないのは、1990年に友人に薦められて見た『天国は待ってくれる』だ。この時エルンスト・ルビッチ特集が組まれていたのだが、いろいろな事情から、見たのはこの一本だけ。しかしそれでも十分過ぎるほどだった。今までの人生の中でも最悪の精神状態だった時期。そんな状態で映画を見て、あれほど心を癒されたことは、後にも先にもない。もしあの時『天国は待ってくれる』と出会っていなかったら、僕と映画の関係はかなり違ったものになっていたことだろう。

その後間もなく(1990年代の初め頃)、劇場は東宝の封切館へと変貌する。ロードショー館としては決して大きな劇場ではないので(223席)、同じ映画を見るなら銀座の日劇東宝で見た方が良いに決まっている。
これでますます自分には縁のない映画館になった…と思ったら、これが大間違い。自分にとって、この劇場が本当に掛け替えのない「マイ映画館」になるのは、実はここからなのだ。

と言うのも、昼は東宝チェーンの映画を上映しているが、夜になると、その鬱憤を晴らすかのように名画座的なプログラムが組まれるようになったのだ。特に90年代前半から中頃にかけては、今では信じられないようなヨーロッパ系の名作が湯水のように上映されていた。
その中で出会った最大の存在がクシシュトフ・キェシロフスキだ。『殺人に関する短いフィルム』『愛に関する短いフィルム』『ふたりのベロニカ』…すべてこの映画館で初めて見た作品だ。

もしあの劇場がなかったら、自分は未だにキェシロフスキやルビッチの映画を見ていなかったかもしれない…それを考えると、僕はこの映画館にどれほど感謝しても感謝しきれない。

だが1999年に同じ沿線の大井武蔵野館が閉館し、大井的なプログラムがそのまま自由が丘に引っ越してきたことで、再び足が遠のき気味になる。大井的なプログラム自体は嫌いではないが、そのために以前のヨーロッパ系名作があまり上映されなくなったのが残念だった。また『恐怖奇形人間』など、すでに見た映画が1年のうちに繰り返し上映されるのも興醒め。それまで「マイ映画館」としての思い入れがあっただけに、今更こんな風に変わられても…といったところだった。自分にとって自由が丘武蔵野館は、あくまでも「洋画の厳選された名作を見せてくれる劇場」だったのだ。

そして2000年6月、僕は18年2か月の間住み続けた大井町線沿線から京王線沿線に引っ越すことになった。それまでは歩こうと思えば歩ける距離にあった劇場が、非常に遠くなってしまった。目当ての作品はすべてレイトショーなので、見て帰ると帰宅がかなり遅くなる。プログラムの変化もあり、とうとう僕と自由が丘武蔵野館との蜜月関係は終わりを告げることになった。その後も興味のある作品がかかれば見に行ったが、せいぜい年に数回といったところ。故郷に残り、まったく別の人生を歩み始めた学生時代の友人のように、関係は次第に薄いものとなっていった。

そして今年、とうとう閉館の報が来た。かなり急な決定だったそうで、3月の頭まで決まっていたレイトショーのプログラムは、急遽2月末日で打ち切られることになった。ビルごと建て直すのかと思いきや、映画館だけ潰して、跡を託児所にするらしい。だが託児所を作るのに、なぜそんなに急な閉館が必要だったのか。せめて最後にさよならプログラムを組める程度の余裕は持たせられなかったのか。大井武蔵野館閉館の時も同じように急だった。最近の武蔵野興業の、映画に対する愛の無さには悲しくなってくる。僕自身、ここ数年は決して良い観客ではなかったので偉そうなことは言えないかもしれない。だが自分の映画史にとって決定的な影響力を持っていた映画館が、このような形で幕を閉じることは残念でならない。

2月29日(日)の最終上映作品は、昼が東宝チェーンの封切りで『赤い月』、夜は「大怪優 三谷昇」特集の最終作品で『おろしや国酔夢譚』。作品そのものに大した魅力がないが、正真正銘の最終上映ということで『おろしや国酔夢譚』の方に足を運んだ。三谷昇の舞台挨拶付き。しかし幕を引くのが『おろしや国酔夢譚』とは… キェシロフスキやルビッチ、ヒッチコックなどの作品で幕を閉じてくれたら、どんなに良かったことか…


最後に、僕がこの劇場で見た映画のタイトルを書いておこう。どの劇場で見たという正確な記録を最近まで付けていなかったので(ただしチケットの半券は取ってある)、まだかなり抜けがあると思う。あそこで見たことはわかっていても、どうでもいい作品は書いていない。また記憶違いで、別の劇場で見た作品が少し混じっている可能性もあるが、大部分は合っているはずだ。あなたがある程度熱心な映画ファンならば、以下にずらりと並んだタイトルを見ただけで、僕にとってこの映画館がどれほど掛け替えのない存在だったか、一目で理解してくれることだろう。


タイトルの後の「*」はこの劇場で初めて見た作品を指す。「オフ」というのは、FMOVIEで僕が幹事をやってオフを開いた作品を示す。1997年の1月に開いた「恐怖奇形人間オフ」は参加者が28人にも上り、たいへんな盛り上がりを見せたのも懐かしい想い出だ。


『アニマルハウス』
『ブルース・ブラザース』*
『ジーザス・クライスト・スーパースター』*
『家族の肖像』
『地獄に堕ちた勇者ども』
『揺れる大地』*
『ルードウィッヒ 完全版』*
『天井桟敷の人々』
『冒険者たち』
『太陽がいっぱい』
『大いなる幻影』
『めまい』*
『裏窓』*
『ダイヤルMを廻せ』*
『見知らぬ乗客』*
『北北西に進路を取れ』
『天国は待ってくれる』*
『ファイブ・イージー・ピーセス』
『真夜中のカーボーイ』
『おもいでの夏』*
『バグダッド・カフェ』*
『ベティ・ブルー』
『さらば青春の光』
『ブレインデッド』*
『ザ・ブルード』*
『デッドゾーン』*
『レザボア・ドッグス』*
『トゥルー・ロマンス』*
『エル・マリアッチ』*
『デスペラード』*
『男たちの挽歌』*
『狼 男たちの挽歌 最終章』*
『欲望の翼』*
『クーリンチェ少年殺人事件』(3時間版)
『狼たちの絆』(オフ)
『動くな、死ね、甦れ!』*
『天地大乱』*
『青春神話』*
『太陽に灼かれて』(オフ)
『サンタ・サングレ』*
『コックと泥棒、その妻と愛人』*
『プロスペローの本』*
『ベイビー・オブ・マコン』*
『火の馬』*
『ざくろの色』*
『アシク・ケリブ』*
『スラブ砦の伝説』*
『愛に関する短いフィルム』*
『殺人に関する短いフィルム』*
『ふたりのベロニカ』*
『デカローグ』第1話~10話
『仕立屋の恋』*
『ショートカッツ』*
『サラ・ムーンのミシシッピーワン』*
『聖なる酔っぱらいの伝説』*
『ヘンリー』*
『ありふれた事件』*
『ガルシアの首』*
『ミスター・ノーボディ』*
『から騒ぎ』*
『ミュート・ウィットネス』*
『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(オフ)
『盲獣』*
『黒蜥蜴』*
『田園に死す』*
『東京流れ者』*
『ツィゴイネル・ワイゼン』
『陽炎座』
『神々の深き欲望』
『砂の女』*
『幻の湖』
『太陽を盗んだ男』(オフ)
『新幹線大爆破』*
『拳銃は俺のパスポート』*
『軍旗はためく下に』
『おろしや国酔夢譚』(最終上映作品)


タイトルを眺めているだけで鳥肌が立つ。

名作の数もさることながら、ここで初めて見た名作の何という多さ!

ここで初めて見たということは、もしこの劇場がなかったら、そのまま見ていなかった可能性が少なからずあるということだ。


心の底から言おう。


ありがとう、自由が丘武蔵野館。


こんな映画館の近くで暮らし、何度も足を運べたことに、心から感謝したい。


君がいなくなって、僕はとても寂しい。


(2004年3月初出)

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