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03/10/2005

【映画】『バトル・ロワイアル』 傷だらけの傑作

まず僕の鑑賞の前提条件を少々。

原作は読んでいる。いささか稚拙な部分もあるため大傑作だとは思わないが、それでも非常に面白いし、何よりも作者の一途な情熱が感じられるところが好ましかった。
その映画化を今年で70歳になる深作欣二が手がけると聞いて(大方の人がそうであるように)「それ人選が違うだろ〜」と落胆した。ところが予告などを見た限りでは、自分のイメージに非常に近い映像になっているので俄然期待が盛り上がっていたら、すでに見た人間から「何を勘違いしたのか、あの原作を大人対子供という図式に脚色している。あんなものは認められない」といった意見を聞いて「ああ、やっぱりそっち方向に転がったか…」と再び期待がしぼんだ…

そんな状態での鑑賞である。


結論としては…映画の登場人物さながらにあちこち傷だらけの作品だと思う。

特に前半、『いつかギラギラする日』の白い風船(苦笑)を彷彿とさせる鳥肌ものの描写がそこかしこにあって「誰かこれを止める人間はいなかったのか…」と嘆息することもしばしば。このあたりは、いくら若作りしてみても所詮老人の感性である。幾つか入る回想シーンなどひどいものだ。
その極めつけが、重要な台詞をサイレント映画のスーパーのように出す手法。そんなものをわざわざ出す(出さなくては伝わらない)ってのは、映画表現として敗北ではないのか? 最低限「神様、あと一言だけいいですか?」はやめて欲しかった。

演技陣は、山本太郎(これは完全な儲け役)、安藤政信、栗山千明といった実力のある若手と、素人同然の子供たちとの間に落差がありすぎ。重要な役は全員平均以上の好演だったが(藤原竜也、前田亜季もまずまず)、そういう素人っぽい子が出てくると、急にそこだけ作り物くさくなって興醒めするのは否めない。

音楽がダメ。何なんだろう、この情緒過多で大げさな音楽は。残酷な場面に優美な音楽を流すところなど、部分的には成功しているところもあるが、全体的な乗りは演歌そのもの。このあたりの感性、やはり古すぎる。演歌だから悪いというものではないが、少なくともこの題材には合っていない。

ストーリーにも幾つかの無理があって、論理的につつき始めたら、延々とけなすことができる。部分部分の描写にも「そんなことあるかい」と言いたくなるものが少なからずある。

ところが…そのような満身創痍、今にも崩壊寸前の状態でありながら、この映画、実に面白いのだ。

まず…僕にとっての『バトル・ロワイアル』とは、何よりも「極限状態における人間の生き方のドラマ」であり、同時に「ある修学旅行の物語」…要するに青臭い青春の物語である。この二つが不可分の形で混ざり合うことで、あの残酷だけど甘酸っぱい、底が浅い割にはなぜか心に響く奇妙な感動を覚えるのだ。

そしてこの映画は、数えきれないほどの傷にも関わらず、その肝心の部分だけはしっかり生き残っている。生き残るためにエゴをむき出しにする者がいる一方で、好きな相手に思いを伝えることを唯一の目的とし、それさえ果たされれば死んでも構わないと思う者もいる…これがもし大人のドラマだったら、いささか極端な感じがして、表層的に見えたかもしれない。だが登場人物が中学生であることで、エゴに生きる姿もロマンティシズムに死のうとする姿も、すべてリアリティを帯びてくる。その部分はしっかりこの映画にも刻み込まれていた。実のところ、僕はもうそれだけで十分なのだ。

意地の悪い言い方をすれば、それらのほとんどは原作にあった要素を忠実に映像化しただけのものだ。だがその血しぶきや銃声の重み、すなわち「死」の表現には強固なリアリティがあり、少なくとも幾つかの殺し合いや生徒の死には、原作を凌ぐドラマ性を感じることが出来た。原作を読んでいるため頭の中で補っている部分はあると思うが、それでもかなりのレヴェルに達していると思う。

そして映画ならではの特徴としては、原作では無駄死にと見えたものが、一見微妙な脚色によって必ずしも無駄ではなかったように描かれていたり、満足して死を受け入れていたりしている。原作がいかにも若者の作品らしく「死」に魅了されているとすれば、この映画はもっと「生」の意味を強調している。僕はこのあたりに原作にはないある種の優しさを感じることが出来た。

さて…以上のような理由で僕はこの映画を支持するのだが、もう一つ厄介な問題が残されている。それは前提のところで述べた「大人対子供」という図式であり、つまるところ「深作欣二はこの映画の監督として適任だったかどうか」という問題だ。

まず原作から最も脚色されたオープニングとエンディングの部分、すなわち「教師キタノ」に関わるシーンだが、なるほど確かに原作にはなかった「大人対子供」という図式が持ち込まれ、キタノという屈折したキャラの悲哀が描かれたりしている。それは深作が過去の作品で描いてきた反権力/反体制に通じるものだ。 
ところが、これが見事なまでに空回りしている。結局のところ深作はあの脚色部分で一体何を描こうとしたのだろうか? そこに「大人対子供」という図式を見いだすことは出来るが、その図式が論理的にもドラマ的にもまったく発展していかないのだから困ってしまう。わかる人にはわかるのかもしれないが、僕には深作の意図がほとんど理解できなかった。

しかし…実はその点こそが、もう一つの大きな成功要因だったりするのだ。

つまりこの『バトル・ロワイアル』というフォーマットの中で、誰も70歳になる爺さんのメッセージなど聞きたくないのである。だからこそ監督が深作と聞いてガッカリしたし、事前の情報も期待を削ぐ方向に働いた。ところがいざ蓋を開けてみると、その一番余分な爺さんのメッセージはほとんど意味不明な状態。つまり「余分」ではあるが、真ん中の殺し合いのリアリティを削いだり、その生と死のドラマをステレオタイプな反権力の図式に矮小化するほどの力を持ち得ていないのだ。

代わりに深作がこの作品にもたらしたものは、アクション監督としての衰えを知らぬ技術である。これは凄い。若い監督にやらせれば、もっとインパクトの強いものにはなったかもしれないが、ショーアップしすぎて「殺し合いのための殺し合い」が続く不愉快な作品になった可能性も大だ。いくら僕が『ファイト・クラブ』や『チャーリーズ・エンジェル』が好きだといっても、もしあのような演出法でこの殺し合いが描かれていたなら、今頃この文章は罵倒によって埋め尽くされていたはずだ。この『バトル・ロワイアル』という作品には、この程度のちょっとオーソドックスな、しかしリズム感もスピード感も抜群で、肉体の「痛み」をきちんと感じさせてくれる演出が合っている。
そして深作は、その職人芸をフルに発揮してくれた。さっきから爺さん爺さんと馬鹿にしてきたが、このパワフルな演出が本当に70歳の老人のものなのか! 深作、恐るべし。

そんなわけでこの映画は、深作欣二のオリジナルなメッセージを伝えることには失敗し、代わりにその職人的な技術だけが活用されたことで傑作となった、極めて皮肉な作品なのである。


やはりこの映画には「傷だらけの傑作」という言葉がよく似合う。


(2000年12月初出/2001年1月改訂)


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