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03/01/2005

【映画】『ライフ・イズ・ビューティフル』 自己中心野郎を美化した許し難い映画

初見で「これはないだろう…」と思ったものの、あまりにも周りの評判がいいので、念のためもう一度見てから書こうと思っていたら、あっという間に半年も経ってしまった。だが昨日ようやく再見した結果、やはり「ダメだこりゃ…」という結論が出た。


まず前半の笑いのセンスが、あまりにも原始的すぎて、とてもついていけなかった。ここ数十年の映画の進歩を忘れ去ったかのごときベタベタなギャグの連続…この笑いのセンスって、ドッキリ・ボーイ・シリーズと一体何が違うんだ? もっとも『オースティン・パワーズ』みたいな作品が受けるわけだから、こういう原始的なギャグは、常に一定の需要があるということなのだろうか。

まあ、それは大した問題ではない。

それ以上の根本的な問題として、僕はこのグイドという主人公の行動にまったく共感を抱くことが出来なかったのだ。この映画を高く評価する人たちにとって、彼はユーモアに溢れる好人物/命をかけて愛する者の命を守り抜いた男などと映るようだが、僕に言わせれば「どこが???」。僕の目に映るグイドは「自分以外のものは一切視野に入らない、単なる自己中心野郎」に過ぎない。

前半で彼がやっていることを見るがいい。どれもこれも「いくら他人に迷惑が掛かっても、自分さえ楽しければそれでいい」といったことばかりではないか。

頼むから、大の大人が勝手に人の帽子や自転車を盗むなよ。
好きな女に会いたいからって、他人になりすまして職場に乗り込むなよ。
人の車を盗んで、しかもそれを壊すなよ。
中にあった赤い絨毯勝手に使うなよ、それ全部お前のものじゃないだろう。
大体お前無免許運転だろうが。運転もできないくせに、大切な女を隣に乗せて、それで事故ったら一体どうするんだ。

そこに感じられるのは「ドーラに対する愛情」などではなく、単なる「ひとりよがりの悪ふざけ」でしかない。いわゆるストーカーと何も変わらないし、職場にまで押し掛けてくるのだから、その図々しさには呆れるばかりだ。

もちろんグイドと同じくらい身勝手なことをやるコメディの登場人物は他にもいる。だがそのような描写がなされる場合、普通何らかのエクスキューズがあるものだ。例えば主人公が悪いことや秩序を乱すようなことをすると、大抵その後にしっぺ返しが待っている。さもなくば、迷惑をかけられる側を「そのような迷惑をかけてもいい存在」として描写している(この映画でもドーラの婚約者などはそうだ)。あるいは主人公をまさしく「身勝手なキャラクター」として描いている。だがこの作品の場合、グイドはほとんどしっぺ返しを受けないし(そう言えば彼はいつの間に本屋を開けるようになったのだろう?)、グイドを「身勝手な人物」とみなす客観的な視点も感じられない。むしろ彼の身勝手な行動が正当なものであるかのような印象を与えている。その点がどうにも鼻持ちならない。

ボーイ(職業人)としても最悪! いくら手をつけてないとはいえ、他の客に出したものを何の注釈もなしにそのまま持ってくるなよ。
それにもまして神経を逆撫でするのは、その前に巧みな口上で、「自分(グイド)にとって都合のいいもの=他の客に出した余り物」を客が望むように仕向けること。これを見て、おそろしく客をバカにした態度だと思ったのは私だけか? サービス業のプロとして「客の都合を聞く」のではなく、「自分の都合を客に押しつける」あんなふざけたボーイに、他の人たちは給仕して欲しいと思うのか? あの調子じゃ、まともな料理がなければ客に残飯だって食わせかねないぞ。見ていて実にムッとした。
もっともこの食事を食べさせられる監督官、実は民族主義者(=迷惑をかけても許される悪役)であることが後になってわかるのだが、少なくともあの時点では、観客もグイド自身もそんなことはわかっていない。したがってあの場面を見て感じられるのは、ボーイとしての非誠実な仕事ぶりに対する不愉快さだけである。


いや、前半はそれでも大目に見るとしよう。問題は状況設定がシリアスになってくる後半だ。ここまで来るとただただ呆れ返る他ない。


息子に恐怖や絶望を与えないために、収容所での生活をゲームだと偽ろうとする…実際には不可能だと思うが、まあその発想自体はわかる。

しかし…その具体的な言動が、なぜこうも一から十まで人の神経を逆撫ですることばかりなんだ? 

ベニーニ、お前オレに何か恨みでもあるのか? 
あるなら頼むから教えてくれよ、謝るから。

まず最初に収容所の規則をグイドが勝手に翻訳するところ。何なんだ、あれは? 入所したばかりの人間にとって収容所の規則の説明が極めて重要なものであることは明白だ。それを聞き逃したことで、兵士に殴られたり射殺されたりといったことも十分に起こりうるだろう。そんな大切な連絡事項を、お前は自分の息子に嘘を信じ込ませたいという、ただそれだけの理由で、メチャクチャな翻訳するのか! その連絡が伝わらなかったせいで誰かが命を落としたら、お前はどうやって責任取るつもりだ!!
その後「一体どうなってるんだ」と言う周りの連中に対して、「バルトロメオに聞いてくれ」って…お前、つい60秒ほど前に会って二言三言の会話を交わしたばかりの人間に、そんな重大な(自分たちの命を左右するかもしれない)役割を自分の都合で勝手に押しつけるなよ…(絶句)
ああ、グイド…お前さんはやはり史上希にみる自己中心野郎か、史上希にみるバカのどちらかだよ。いや、その両方か?

最初の労働の場でも、重いの暑いの、うるさいことうるさいこと…辛いのは他の人間だって同じなんだから、そういうネガティヴなことばかり言うんじゃない! ますます労働が辛くなるだろうが!!
そして帰ってきたらきたで、みんなが疲れ切って寝ているというのに、よく喋ること喋ること、そのうるさいことうるさいこと…他の人の休息を邪魔しないように、息子と一緒にベッドに寝てそっと語りかけるとか、お前にはそういう繊細な心遣いはないのか? 世の中はすべてお前を中心に回っているとでも思ってるのか?

そしてジョズエ以外の子供が殺された後も、これと同じような調子の騒々しいお芝居が続くのだから、本当に恐れ入る。いやはや、見上げたものだよ、あんたの根性には。同じ棟にいる人たちの中には、自分の妻や子供などを殺された人たちがいっぱいいるはずだ(いないという設定なら、それは収容所を舞台とする作品としては犯罪的な大嘘だ)。そういう人たちを前にして、お前は自分一人だけ子供をかくまって、しかも相変わらずの大騒ぎを続けている…その行動が周りの人間(家族を殺された人間)の心をどれほど傷つけることになるか、まったく何も考えていないわけね…せめてもう少し申し訳なさそうに、ひっそりと隅でやるとかいう心遣いは、お前にはないのか?

そして「もうダメだ…」と匙を投げたのは、あの所内放送のシーンだ。あのねえ…あの時点では、もう子供はみんな殺されてるんだよ。そんな状況下でジョズエの声を収容所中に響かせて、「ここにまだ子供が生き残ってるよ〜〜ん」と宣伝して、一体どうするんだ????

グイド、お前の目的は何なんだ? 
子供の命を救いたいのか? 
それともただ悪ふざけがしたいだけか? 

ああ、真面目に批判するのがだんだんバカらしくなってきた…

こんな大バカ者の行動をどう見れば「命がけで愛する者を守った男」という言葉が出て来るんだ? 誰か教えてくれ。

その後のかくれんぼのエピソードも同じ。ジョズエに安心感を持たせることも、そりゃ大切だろう。しかしあの状況を考えたら、ジョズエを外に連れ出す危険性と秤にかけられるようなものではないはずだ。
さらに耐えられないのは、あの相変わらずの大雑把さ! ドイツ人に見つからないようにもう少し影から覗くとか、そういう繊細さはまったく持ち合わせていないのか? あんなに大っぴらに外に出て見ていたら、そりゃ見つかるのは当然だろう。グイドの行動は万事その調子。「そんなことやったら見つかるに決まってるだろう」の連続。それでも見つからないというなら単なるご都合主義として逆に許せるのだが、見つかってしまうのでは、「こいつ、物事(この場合はジョズエの命を救うこと)に対して真剣に取り組んでないんじゃないか?」という疑念を抱かざるをない。

グイド一人で行動するときもそうだ。自分が殺されたり、別の場所に移されたりしたら、ジョズエもすぐに見つかって確実に殺されるわけだから、もっと自分の命や立場を大切にしなくてはならないはずだ。
例えば子供たちのかくれんぼを見たからといって、仕事を抜け出して、ジョズエを呼びに行ってる場合じゃないだろう。給仕として評価され、その仕事が続けられれば、製鉄所で働くよりは遙かに生存率が高くなる。それはイコールでジョズエの生存率を高めることにもなるはずだ。だったらもう少し真面目に仕事しろよ!
とにかくこのグイドという男、最初から最後まで職業人としてはまったくのダメ男だ。自分の仕事というものを完全に舐めているとしか思えない。


そんなわけでグイドの言動は、何から何までこちらの神経を逆撫ですることばかり。どうがんばっても、僕はこんな自分勝手で頭の悪い自己中心野郎に共感を抱くことなど出来はしない。

もちろん映画の主人公が必ずしも清廉潔白である必要はない。しかしごく一般的な見地から見て許し難い行為(反道徳的な行為/他人に迷惑をかける行為)をやるのであれば、そこには何らかの批評的視点やエクスキューズが求められるはずだ。犯罪者が主人公の映画を見てもいちいち腹が立たないのは、そのような要素が何らかの形で映画の中に存在しているからだ。
いわゆるアクション映画なら、「これは空想上のゲームですよ。良い子の皆さんは真似しちゃいけませんよ」という了解が何らかの形で含まれているし、主人公となる人物は、法律こそ犯すものの情に厚い人物だったりする。これらはすべて「犯罪は悪いこと」というのをごく当たり前の前提としながら、映画の中で犯罪者を主人公にするためのエクスキューズとして機能しているわけだ。

最近の作品で言えば『ロック、ストック & トゥー・スモーキング・バレルズ』などは悪党連中ばかりが出てきて悪いことをするわけだが、これなどは「犯罪は悪いこと」という大前提と(映画内の)現実とのズレを、ギャグのネタとして確信犯的に使っている作品だ。
例えば主人公たちが酒場に入ろうとすると、中から火だるまの男が出てくる。しかし主人公たちは、それを見ても「騒々しい酔っぱらいだな」という程度に受け止め、顔色一つ変えずに中に入っていく。これは「人間が火だるまになっていることの重大性/残酷さ」と「それをまったく気にしない主人公たち」のズレから来る、クールで批評的な笑いだ。あれを見て「あの男はこの後一生醜いケロイドに悩みながら人生を歩んでいくのか…」と考えるとしたら、そりゃいくら何でも映画の見方が違うというものだ。

あるいは『ヘンリー』のような映画になると、観客は主人公の殺人行為に共感しないし、嫌悪感すら抱くだろう。だがその嫌悪感と「にも関わらず、こんな人間が実在する」というギャップの中に、人間という生き物が持つ底知れぬ恐ろしさ、すなわちこの作品のテーマが浮かび上がってくるわけだ。

しかし、この『ライフ・イズ・ビューティフル』の中に、僕はそのようなエクスキューズなり批評性なりを見いだすことは出来ない。グイドの無神経な行動は、僕には「グイドが他人の痛みに鈍感である(他人という存在が視野に入っていない)」が故のこととしか見えなかった。

例えばチャップリンの映画では、主人公は必ず突拍子もないことや、時には反道徳的な行動をするが、それらは大抵映画のテーマと不可分に結びついている。主人公の連続殺人が戦争犯罪への反語表現として機能する『殺人狂時代』などはその典型だ。単純労働の反復で頭がおかしくなり、そこら中のネジを絞め始めて生産ラインを混乱させる『モダン・タイムス』もしかり。極度の飢えによってチャップリンが巨大なニワトリに見えた相方が、チャップリンを撃ち殺そうと追いかけ回す『黄金狂時代』のドタバタも、空恐ろしいまでに生きることの残酷さを描いている。

では『ライフ・イズ・ビューティフル』にそのような批評性が存在するだろうか? 鬼のようなドイツ士官の言葉を勝手に翻訳する辺りに、巨大な権力を皮肉る姿勢をかいま見ることは出来るが、そのフォロー(勝手な翻訳をしても他の収容者に迷惑がかからないという説明)がないのでは全然ダメだ。その他のギャグや泣かせるはずの行動も、同じ収容者に迷惑をかけたり、自分とジョズエを危険に曝すような行動ばかりでは話にならん。何から何まで「こいつは本当に息子の命を守る気があるのか?」と真意を疑いたくなるようなことばかりだ。


そして、かなりはっきりした演出意図としてやってるのだろうが、個人的にどうしても受け入れられないのは、収容所という極限状況の描写の甘さ、そして相変わらず他人の存在を無視している点だ。

収容所で何よりも怖しいのは、実はドイツ人ではなく、同じユダヤ人(収容者)である…これはある程度ホロコーストに関する知識を持っている人なら必ず知っている事実だ。詳しく事例を述べ始めると長くなりすぎるので書かないが、そのような人生のリアリティ、人生というものがもつ本当の残酷さを、この作品は一切描いていない(いや、描けなかったと言うべきか)。
だが本当にそんなことでいいのか? 例えばの話、原爆投下前後の広島における家族の物語をコメディ・タッチで描いた作品があったとしよう。そこで原爆投下後も、多くの人々が多少の火傷をした程度で、塗り薬を付けたらその火傷も次第に直ってきた…などという、残酷な事実を歪曲した描写があったら、そんな映画に素直に感動できるだろうか? ホロコーストという歴史的事実の持つ本当の恐ろしさ、本当の悲しみ、本当の残酷さを軽々しく無視したこの映画は、僕にとってそんな軽薄な原爆映画と何ら変わるところがない。
もちろん所詮は映画(フィクション)なのだから、すべてをリアリズムに従属させる必要はない。だが「やっぱりこれは外しちゃいかんだろう」というラインは存在するはずだ。少なくとも僕にとって、この作品の収容所の描写は、そのラインを明らかに踏み外している。
そう、この収容所には、結局のところグイドとジョズエ以外の「他人」というものが存在していないのだ。だが収容所における最大の恐怖であり、同時に最大の拠り所でもある「他人」、すなわち「人間」という生き物が持つ卑俗さと崇高さをきちんと描かずして、何が「人生は美しい」だ!

「人生は美しい」という言葉は、人生の最も醜い部分、最も辛い部分を見据えた上で発してこそ、初めて説得力を持つ重い言葉だ。

それを人生のネガティヴな面を一切無視したまま、自分のひとりよがりなバカ騒ぎだけで「人生は美しい」などとほざくな! 人生を舐めるにもほどがあるわ!!


この作品は非常にテンポが良く、退屈せずに見ていられる。そのような映画としての基本的な力は認める。だが描かれる内容がこれでは、出来が良いだけにかえって始末が悪い。

この作品は決して「今年最も出来の悪い映画」ではない。

この作品は「今年最も許し難い映画」なのだ。


今年のワーストワンは、やはりこの作品を置いて他にない。

(1999年10月初出/2005年2月改訂)

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Comments

賛成です。いつも元気でニタニタしてる父親はいてもいいですけど、あの強制収容所でそれがいかに至難の業だったか、いや無理だった、のはずなのに!を逆に強く思わされてしまい、イタリア食堂とその周辺、みたいにしか思えなかったです。

Posted by: ミラ | 04/27/2013 at 23:54

この映画を理解出来ない貴方が悲しい。

相当ポップな映画が好きなようですね。
この映画の『笑い』はダウンタウン松本人志も面白いって本に書いてたし、貴方が理解出来なかっただけだと思います。
急に嫌なコメントすいません。ただこの映画をネットでこんなに否定されたらムカついて。

ちなみに僕は昔の名作も最近の名作、駄作、200作品以上観てきたけど、この映画が一番やと思います。

Posted by: 飛鳥! | 10/08/2013 at 22:33

いろんな感想があっていいでしょうけど、この映画にいちいち細かくツッコむ方がナンセンスだと思いますよ。ちなみにわたしはとても素晴らしい作品だと思うので、この映画があなたの神経を逆なでするのと同じくらい、あなたのレビューの書き方に嫌悪感を覚えました。

Posted by: 通りすがり | 11/26/2013 at 19:51

>飛鳥!さん

200本というのは、熱心な映画ファンの1年分の本数ですよ。「昔の名作、最近の名作、駄作」まで見たつもりで語るのであれば、せめて1千本くらいは見てからにした方が良いと思います。

Posted by: ぼのぼの | 11/27/2013 at 00:02

>通りすがりさん

なるほど、(理由は全く分かりませんが)いちいち細かくっこむのはナンセンスなのですね。だから何も詳しい説明せずに、ただ「この映画はクソだ。こんな映画を素晴らしいという奴には嫌悪感を覚える」と書いて済ませればいい…と。確かにその方が楽でいいですね。

Posted by: ぼのぼの | 11/27/2013 at 00:03

酷く一般の評価からかけ離れていますね。
あなたの精神性に問題があることが明白ということでしょうか。
原因の究明に御尽力ください。

Posted by: もじばけ | 02/01/2014 at 21:32

>もじばけさん

論理的な反論は何も出来ないまま「一般の評価からかけ離れている」という理由から、書いた人間の精神性に問題があると断言する…まさにあなたのような考え方しか出来ない人が、ファシズムや強制収容所を生み出したのです。そんな人間が強制収容所を舞台にした作品にするなど、実にグロテスクな笑い話です。

Posted by: ぼのぼの | 02/04/2014 at 00:59

前半部分のコメディへの突っ込みは年に何百も映画を見ている人のようには思えませんでした。嫌悪感ありきで叩いているのだけなのでは?確かに後半はユダヤの惨状を軽く扱いすぎているとは思いましたが。

Posted by: の | 03/11/2014 at 22:31

価値観は人それぞれなので色んな意見があっていいと思います。
あなたの感想文、興味深かったです。特に聞いてみたいところを。
>前半の笑いのセンスが、あまりにも原始的すぎて、とてもついていけなかった。

センスが原始的というのはどう判断するの?どんなセンスが先進的?客観的にわかるの?笑いは主観的に判断すると思うんだけどなー。あと一定の需要なんだ。需要は変化すると思うんだけど。需要が一定するのであれば制作サイド困んないっしょ?

>例えば子供たちのかくれんぼを見たからといって、仕事を抜け出して、ジョズエを呼びに行ってる場合じゃないだろう。給仕として評価され、その仕事が続けられれば、製鉄所で働くよりは遙かに生存率が高くなる。それはイコールでジョズエの生存率を高めることにもなるはずだ。

え。。。機転を利かしたんじゃないの?「わざと」見つかってナチスの子どもたちの中にかくれんぼをきっかけに紛れ込ませたんだと思ってました。あと、”給仕として評価され、その仕事が続けられれば”の評価されれば続けられる根拠のある描写あった?てか評価なんかされんの?

>人生のネガティヴな面を一切無視したまま

強制収容所に連行ってポジティブ?

>この作品は非常にテンポが良く、退屈せずに見ていられる。そのような映画としての”基本的な”力は認める。
>”根本的な”問題として、僕はこのグイドという主人公の行動にまったく共感を抱くことが出来なかったのだ。

認めてるのか問題があるのか、どっち?

ほかにも気になるところはあるけど
>ああ、真面目に批判するのがだんだんバカらしくなってきた…

なるほど、理解しました。

確かに収容所の描写が”軽い”という部分など部分的に共感できる箇所ももちろんあります。
映画1000本観てから語った方がいいとか、そういうフレームワークを作ったりしてたら生きづらくないですか?そもそも1000本以上観てる人だけで名作・駄作について語るならそれこそ偏り出ると思うんですけど。一般の人は1000本も観ないですから、、、

Posted by: やっほー | 04/07/2014 at 01:14

>やっほーさん

こんにちは。コメントありがとうございます。


>センスが原始的というのはどう判断するの?どんなセンスが先進的?客観的にわかるの?笑いは主観的に判断すると思うんだけどなー。あと一定の需要なんだ。需要は変化すると思うんだけど。需要が一定するのであれば制作サイド困んないっしょ?

たとえばバナナの滑って転ぶギャグを指して「原始的」と言うのはごく普通のことだと思いますが、違いますかね? 厳密に客観的な判断は無理かもしれませんが、「あなたが日常話している言葉の内、どれだけの事が客観的に証明できるものなのか?」と問われたら、その設問の無意味さが分かるのでは無いかと思います。この反論気に入らなければ、「私が原始的と主観的に判断しただけ」ということで良いのでは? 「このギャグは客観的に原始的である」なんてことは特に書いてないわけですから…
あと「私が原始的なギャグについていけなかった」ということなので、需要云々は全く関係の無い話です。私はそんな観点からの批判はしていません。何か非常にずれた読み方をされているのでは…


>機転を利かしたんじゃないの?

これは最後にちゃんと明記してあるように15年前に書いた文章なので、細かい描写についてはもう曖昧ですが、その件を確認するために今更この映画を見直す気はありません。悪しからず。ただ発表当時もあれこれと反論がありましたが、そういう意見は一つもありませんでした。


>あと、”給仕として評価され、その仕事が続けられれば”の評価されれば続けられる根拠のある描写あった?てか評価なんかされんの?

描写などなくても、ごく普通の常識で考えれば分かることです。


>強制収容所に連行ってポジティブ?

ネガティヴというのは、この映画で描かれなかった収容所の本当の残酷さのことを指しています。


>認めてるのか問題があるのか、どっち?

映画として人を惹きつける力は認めるが、その力を使って描いているものに問題がある、ということです。
たとえて言えば、ヒトラーに人心を掌握する力があったことは認めるけれど、その力を使って行った政策には問題があった…というのと同じ事です。


>映画1000本観てから語った方がいいとか、そういうフレームワークを作ったりしてたら生きづらくないですか?そもそも1000本以上観てる人だけで名作・駄作について語るならそれこそ偏り出ると思うんですけど。一般の人は1000本も観ないですから、、、

それは、飛鳥さんという方に対するコメントですよね? ちゃんと文脈を理解していらっしゃいますか? 
これは飛鳥さんが「ちなみに僕は昔の名作も最近の名作、駄作、200作品以上観てきたけど、この映画が一番やと思います。」と、数によって自分の意見を正当化するニュアンスの発言をしていたので、「本数を見ていることで自分の意見は正しいと主張する愚かさ」「それが本当に凄い本数ならまだしも、たったの200本で、さもいろいろな映画を見たかのように自慢する滑稽さ」この井の中の蛙ぶりを茶化すつもりで書いた言葉です。文脈を見れば、それは明らかだと思いますけどね… ですからその言葉は、私ではなく飛鳥さんにどうぞ。


しかし15年も前に書いて9年前にアップしたレビューに、何故最近になって意見が来るのかな? どこかで晒されてるのかしら?

Posted by: ぼのぼの | 04/07/2014 at 02:11

>どこかで晒されてるのかしら?

えーっと、ライフイズビューティフルで検索かけたらふつうに出てくるんですが。
私もこの映画、細かい点でかなり気になったりしましたが批評性もそれなりに見出せたしそれなりに名作だなと思いました。

ただあなたの十数年前だか知りませんがレビューを読ませていただたいた限り、感情論が先立っているようにお見受けし、にもかかわらず表面的には批評的な物言いをされているので、はっきり言ってあくどいし説得力がないように感じました。
でなければファンの人も(一部の基地外を除いて)わざわざ書き込んでまで一個人の感想文にケチつけたりしないでしょうし。
もちろん主さんの自由ですが、ならば私のコメントも不躾ながら自由ということでお許し下さいませ。

ベニーニが切り捨てた部分、私はむしろ評価すべきだと思うので、主さんのお考えとは割と近いのですが真逆の価値判断でした。
大変興味深かったです。

Posted by: 安置しねふぃる | 07/02/2014 at 22:10

はじめまして。
私の大好きな映画です。

ひとことふたこと言わせてください。

あの映画の冒頭を思い出してください。

あれは、幼かったジョズエの記憶をもとに物語っている映画、という設定です。

後に母親から聞かされた馴れ初め話や収容所でのエピソードをあのように記憶しているのでしょう。

そう思って観ると収容所にあるまじき行為なども理解できるかと存じます。


笑いの感性については人それぞれなので、何も申し上げません。

ただ私はイタリア語もドイツ語も解りますので、字幕なしですべて理解できましたので、とてもおもしろかったです。
イタリアにも住んでいたので多少なりともイタリアのお笑いセンスは理解しているつもりです。

古い日記に今更ながら不躾なコメント失礼しました。

Posted by: まるやま | 07/14/2014 at 22:48

もうほとんど覚えていないけど、
この映画をみて自分が感じた不快感と
同じ不快感を感じている事にちょっと笑ってしまいました。

それにしても、この映画を批判するだけで
精神がおかしいとか平気で言えちゃう人間が沸いてくるのには
困ったものですね。

Posted by: パル | 08/04/2014 at 17:41

自尊心が強くて頭ガチガチ。自分の考えをひけらかしたいタイプ。女にすごいとかほめられていい気になっちゃう感じの人っぽい。映画が好き嫌いに関わらずこれは批評になってないので、15年後のあなたが今自分の文章を読見直して恥ずかしいと思えてることを願います

Posted by: なつみ | 10/18/2014 at 04:25

>なつみさん 具体的に何がどう問題なのかも指摘せず、見ず知らずの他人の人格を貶める発言をしていく自分に、恥ずかしさを感じませんか? 感じないとしたら、人の心配をする前に自分の心配をした方がよろしいように思います。

Posted by: ぼのぼの | 10/18/2014 at 11:59

グイドの行動をみて、自己チューで楽観的、向こう見ずなところを許し難いと思ったんですよね
逆に私は貴方のレビューを読んで、周りのことに気を使うこと、プロフェッショナルであることがそんなに正しいことなのだろうか?と疑問を持ちました。

かなり昔のレビューだと思いますが、グイドの様な性格ってやっぱりまだ許し難いでしょうかねぇ?

Posted by: やまもと | 11/03/2014 at 10:25

客は貴方だけじゃないし、私から見てあなたはアホだし野暮だし、だいぶ心が貧しく見える。それでも、あなたの意見は手放しで賛美する人よりもはるかに、正しい部分があると思う。ただ、この映画が貴方のために作られたものではなかっただけだ。仕方ないのだ。

これは一個人の映画の感想であり、ブログだ。読み手は文句のひとつもつけたくなるだろうな。言葉が汚いから。でも、互いにその行為自体が醜く、この映画より明らかに魅力に欠け価値がない。

結局は、このブログに文句書いている人は、貴方が野暮ったい人間だというだけで文句つけてるだけなんだよな。だから、貴方は気にしないでいい。映画の感想文くらい好きにかけばいいし、それが気に入らないなら文句もつけずにみなきゃいいのにな。

Posted by: ああああ | 11/04/2014 at 03:48

・まるで一般論のように書いているが原始的な笑いがダメで先進的な笑いがいいという理屈がわからない
一定の需要しかないというのも根拠のない空想

・自己中心的だというのは同意
しかしそれでもなお周りに疎まれない人望の方を見ることはできないのだろうか
いきなりの無茶な頼みを聞いてくれる友人、仕事中に転んだらすぐに来てくれる同僚、子供への嘘に協力してくれる収容所の人々

・仕事への態度は他人が口出すことでもない
あなたがどう真面目に働いているかは知らないがグイドが真面目に働いていないとも思えない
あの士官に料理をもっていったのだって全く正当的だと思う
売れ残った商品を魅力的に感じさせ売り払うのは一つの技術だろう
これを気に食わない言うのならあなたは仕事ができる人ではないのでは?

・かくれんぼのシーンでみつかったのは明らかにわざと
非差別側の子供たちに紛れさせるためにやったこと
見つかってしまった!みたいな描写は確かにあったがあれもジョズエ対する演技としか取れない

・もっと現実味のあるホロコーストを扱った映画がいいならそちらを見ればいいでしょう
これはまた別の作品です、他に多々ある差別批判の映画と同じような作品になっていたらここまで評価されなかったでしょう

以上のことからあなたは最初に不快感を抱いてから粗探しするように映画を見ていたように感じる
収容所の他の人のことを考えろといっていますがもし他の収容者目線でジョズエやグイドを陥れるような描写があったとしたらまたそれを批判していたのではないだろうか
これは推測なのでなんとも言えないが

あなたは論理的にこの映画を批判しているように振舞っているが実際はかなり主観的な批判となっている
恐らくあの映画を見て不快になるひとよりもこの記事をみて不快になる人のほうが多い

Posted by: ミドリガメ | 11/11/2014 at 12:13

>ミドリガメさん

このレビューに批判的な人たちには「お前の書いてることは主観的だ」という意見が多いので、一言。

そのようなことを言う人がなぜ「以上のことからあなたは最初に不快感を抱いてから粗探しするように映画を見ていたように感じる」「恐らくあの映画を見て不快になるひとよりもこの記事をみて不快になる人のほうが多い」という主観的な批判が出来るのか、非常に不思議です。特に前者は全く根拠の無い妄想ですから。

「仕事への態度は他人が口出すことでもない」「これを気に食わない言うのならあなたは仕事ができる人ではないのでは?」という、明らかに矛盾する内容を、他人への誹謗中傷のためにわざわざ書いているのも、相当恥ずかしい。

以上のことからあなたは最初に私の発言に不快感を抱いてから、粗探ししているだけのように感じる。
あなたは論理的に私の発言を批判しているように振舞っているが実際はかなり主観的な批判となっている。
恐らく私の発言を読んで不快になる人よりも、あなたのコメントをみて不快になる人のほうが多い。

他人の発言を批判をするのなら、せめて自分の発言内に自己矛盾が無いかをチェックした上で投稿してもらえるとありがたいものです。

Posted by: ぼのぼの | 11/11/2014 at 19:17

失礼、よく読み返すと確かにこちらの主張にも主観が大きく入っている

ところで過剰書きにしてある私の考えに対する意見がひとつとしてないのだがこれに反論はないということでいいのだろうか?

Posted by: ミドリガメ | 11/11/2014 at 22:01

>ミドリガメさん

正直、今更この映画に関してどうこう議論することは、私にとっては非生産的な行為なので無視したいのですが、まあちょっとだけ。

・自己中心的なのに周りに疎まれないのは、人望によるものではなく、単なる作劇上のご都合主義です。

・原始的な笑いがダメだとは言っていません。「(私は)あまりのベタさ加減についていけない」と書いているだけです。「一定の需要があるということなのだろう」を「一定の需要しかない」と勝手に読み替えるのも同様。
個人の感想を勝手な妄想で一般論にされても困ります。理屈以前の問題で、日本語のリテラシーをもう少し鍛えてから投稿してもらえるとありがたいです。

・「仕事への態度は他人が口出すことでもない」という理屈が分かりません。しかもこの書き方は、明らかに一般論ですよね? あなたは客として入った店のサービスが劣悪だったり、商品が紛い物だったりしても、何も文句を言わないのでしょうか?
後半に関しては、すでに指摘したように、最初の一文と自己矛盾が生じているので、その矛盾を解決してから投稿し直してください。

・かくれんぼのシーンに関しては、前の方のコメントで答えているはずです。

・もっと現実味のあるホロコースト作品も見ていますが、それが何か?
もし「気に入らないなら見るな」といった類の幼稚な主張であれば、あなたももっと別の『ライフ・イズ・ビューティフル』万歳なブログを見ればいいだけのことだと思いますけど…

その後の文章は、勝手な主観と推測に基づいて、他人を揶揄する内容なので、全く考慮に値しません。

Posted by: ぼのぼの | 11/12/2014 at 00:02

お相手ありがとうございます

>自己中心的なのに周りに疎まれないのは、人望によるものではなく、単なる作劇上のご都合主義です。
あなたの『ご都合主義』がどういう定義なのかわかりません
あなたは仮面ライダーを見てこれは過剰防衛だ、私刑だ、これをヒーロー扱いしてるこの作品はご都合主義だ
というのも正当な理屈なのですか?

>「一定の需要があるということなのだろう」を「一定の需要しかない」と勝手に読み替えるのも同様。
一定以上の需要があるかもしれないにも関わらず一定の需要、と推測していることに対しての『しか』です
あまりのベタさについていけない方が多数派、というような印象を受けたので
そうでないなら結構です

>あなたは客として入った店のサービスが劣悪だったり、商品が紛い物だったりしても、何も文句を言わないのでしょうか?
『不良品などが渡された』というなら交換や返金を依頼します
『接客態度が悪かった』というならなにも文句はありません
自分好みの接客をしろだなんて言わないですし合わないと思えばそれ以降利用しないだけです
それとキャンセルされて余った商品を他の客に勧める、というのは現実の飲食店でも普通に行われています
作中の料理も調理されてから時間はほとんど経っていません

・>かくれんぼのシーンに関しては、前の方のコメントで答えているはずです。
確認してませんでした、すいません
ただ自分で自信を持っていないし確認する気もないなら記事を修正なり削除なりされてはどうでしょう
多くの人の目に触れるわけですし

>もっと現実味のあるホロコースト作品も見ていますが、それが何か?
ではこの作品はただただ好みじゃない、というだけだったのではないでしょうか
>収容所で何よりも怖しいのは、実はドイツ人ではなく、同じユダヤ人(収容者)である…これはある程度ホロコーストに関する知識を持っている人なら必ず知っている事実だ。
あなたがこの作品を『許し難い』とするこの理由もあまり聞いたことがありません
一つの説、ということではないのですか?
知識不足かもしれないのでよければソースをいただきたいです
もしそれが正しいとして、この映画を鑑賞するのはホロコーストへの知識がある方ばかりではないと思うので描写がなくても構わないのでは?
あなたの原爆の例もおかしい
捻じ曲げて描写したのではなく描写が無かっただけです

Posted by: ミドリガメ | 11/12/2014 at 14:42

>あなたの『ご都合主義』がどういう定義なのかわかりません

魅力のない自己中心的な人間に、何の理由もなく人望があれば、それはご都合主義です。


>一定以上の需要があるかもしれないにも関わらず一定の需要、と推測していることに対しての『しか』です
あまりのベタさについていけない方が多数派、というような印象を受けたので
そうでないなら結構です

「一定以上の需要があるかもしれないにも関わらず一定の需要、と推測している」ということ自体が、あなたの勝手な、そして現実に間違った推測ですよね? そんな根拠のない空想に基づいて、他人の言うことを「根拠のない空想」と批判する自己矛盾に、まだ気づいていないのですか?


>自分好みの接客をしろだなんて言わないですし合わないと思えばそれ以降利用しないだけです

なぜ利用しないのですか? それはただ口に出して文句を言わないと言うだけで、結局は他人の仕事ぶりを否定していると言うことでしょう。


>ただ自分で自信を持っていないし確認する気もないなら記事を修正なり削除なりされてはどうでしょう

「自信を持っていない」とどこかに書いてありますか? 観賞時の私は、そのように解釈したが、具体的な描写について細かい部分は忘れているので、新しい解釈を出されても、それに対して正しいとか間違っているとか判断することは出来ないと言うだけです。こういう勝手な言葉の捏造、もしくは著しい日本語リテラシーの欠如が見られるから、あなたの相手をするのは疲れます。
でも修正してもいいですよ。それはあなたが「かくれんぼのシーンでみつかったのは明らかにわざと非差別側の子供たちに紛れさせるためにやったこと」と「あれもジョズエ対する演技としか取れない」という意見を「明らかに」「〜としか取れない」で済ませるのではなく、映画内の描写に沿って論理的に説明し、私を納得させられれば、いつでも修正します。
何の根拠も示さぬまま「明らかに」「〜としか取れない」という断言だけで、他人の発言を修正しろとか削除しろとか言うのは、自分の考えが常に正しいという思い上がりから来る、傲慢不遜な態度です。私は前の方のコメントで、それと似た意見を決して否定していないことの意味を、よく考えてください。


>知識不足かもしれないのでよければソースをいただきたいです

シリアスな問題なので、他人の目に触れる形できちんとしたソースを出すとなると、間違いがないようにするため、かなりの手間がかかります。今はネットで大抵のことは検索出来るのだから、ご自分で検索してそこから資料をみてはいかがですか? 私があなたのためにそこまでの事を肩代わりする義理はありません。他人の意見に反論するのであれば、自分も勉強しなくてはいけません。簡単に検索出来ない情報ならともかく、この程度の情報はすぐに調べられるはずです。
それでも一つだけ教えてあげるなら、フランクルの『夜と霧』は必読書です。まああなたなら、これを読んでも「体験者の主観だ」とか言って「一つの説」で片付けてしまうかもしれないですけどね。


>捻じ曲げて描写したのではなく描写が無かっただけです

描写が無いと言うのが、ねじ曲げている事なのです。

Posted by: ぼのぼの | 11/12/2014 at 23:00


>魅力のない自己中心的な人間に、何の理由もなく人望があれば、それはご都合主義です。

定義をお伺いしています
その主張は何度も目にしていますよ
仮面ライダーの例え話に対してもご都合主義、という考え方でよろしいでしょうか?

・私の伝えたいことが伝わっていますか?
私は『笑いのセンスの需要がどの程度あるのかはわからない』のが正しい主張だとかんがえます
しかしあなたは『一定の需要』と無根拠に述べているということです
私はその部分で『一定』、というのを少数とするようなニュアンスを感じました
部分があなたのいう空想ですか?

・自分に合わないと判断するのであって否定はしていません
合わないと感じることすら否定というならそうなのかもしれません
それと飲食店の下りに対して意見はないのですか?

>「自信を持っていない」とどこかに書いてありますか? 観賞時の私は、そのように解釈したが、具体的な描写について細かい部分は忘れているので、新しい解釈を出されても、それに対して正しいとか間違っているとか判断することは出来ないと言うだけです。

では自信があるのですか?
現在も自分の解釈に自信があるなら私の解釈の正誤を判断できないというのはおかしいかと
細かい描写は憶えてないし新しい解釈への判断もできないが今も私の解釈は正しい、と?

>でも修正してもいいですよ。それはあなたが「かくれんぼのシーンでみつかったのは明らかにわざと非差別側の子供たちに紛れさせるためにやったこと」と「あれもジョズエ対する演技としか取れない」という意見を「明らかに」「〜としか取れない」で済ませるのではなく、映画内の描写に沿って論理的に説明し、私を納得させられれば、いつでも修正します

常識的に考えて見ていれば説明しなくとも分かると思いますが?

>私は前の方のコメントで、それと似た意見を決して否定していないことの意味を、よく考えてください。

否定していないつもりかもしれませんが今も変わらず記事には
>ドイツ人に見つからないようにもう少し影から覗くとか、そういう繊細さはまったく持ち合わせていないのか? あんなに大っぴらに外に出て見ていたら、そりゃ見つかるのは当然だろう。
と主張してあります
これは前のコメントへの否定でしょう

少々ですが自分でも検索等してみましたしかし都合上時間があまり取れずにそのような意見を見ることができませんでした
できれば思い当たる検索ワードだけでも教えていだけませんでしょうか?
夜と霧、ですね
ありがとうございます

>描写が無いと言うのが、ねじ曲げている事なのです。
あなたにとっては世の中凄まじい量のねじ曲げが行われているのでしょうね


Posted by: ミドリガメ | 11/13/2014 at 00:42

ミドリガメさん。


>定義をお伺いしています

定義を聞いてどうするのですか? その定義に当てはまらない事項を並べて鬼の首でも取ったつもりになるのでしょうか?
「魅力のない自己中心的な人間に、何の理由もなく人望があれば、それはご都合主義」これは間違いありません。
しかしあなたの言う定義と言うのは、どこからどこまでがご都合主義か、境界線を正確に決めろと言うことですよね? そんなもの答えられませんよ。あるのは境界線ではなくグラデーションなのですから。明らかに黒、明らかに白、と言うのは分かる。しかしその間にあるのはグレーのグラデーションであって、あなたが望むような分かりやすい定義など出来るはずはありません。
「魅力のない自己中心的な人間に、何の理由もなく人望がある」ことは明らかに黒、それだけ分かっていれば十分です。これが黒で無いと言うなら、その理由を逆にお聞きしたい。そこまで真剣にご都合主義の定義を聞きたいなら、まずあなたが定義をして「私はご都合主義とはこう言うものだと考えるが、あなたは違うのか?」という形で尋ねてみてはいかがでしょうか。

仮面ライダーの話? 素通りしました。この作品にもレビューにも関係無い話ですから。あなたが勝手に作り上げたたとえ話など、私にとっては全くどうでもいいもので、つき合う義務はありません。


>私は『笑いのセンスの需要がどの程度あるのかはわからない』のが正しい主張だとかんがえます

あなたの文章から、そういう主張は全く伺えません。そういうことを訴えたいにしては、文章が下手すぎます。
また「笑いのセンスの需要がどの程度あるのか分からない」と言うのも極めて馬鹿げた主張です。ある笑いは人気があり、テレビで視聴率が取れたり、映画がヒットしたりする。別の笑いは人気がなく、視聴率が取れないし、映画もヒットしない。そうではありませんか? 人気=需要でしょう。
もちろん人気などと言うものは、極めて不定型なものだし移ろいゆくものです。しかし現代の社会と経済は、笑いであれ他の様々な商品であれ、人気・需要という不定型なものを大まかにとらえ、予測することで、成り立っているのです。それともあなたは、そういう社会・経済構造を全て「根拠のない空想」と否定し、修道院のような場所で生きているのでしょうか? そうではないですよね? だったら幼稚園児の屁理屈みたい話で、人を患わせないでもらえますか?


>私はその部分で『一定』、というのを少数とするようなニュアンスを感じました

それはあなたの「根拠のない空想」です。


>自分に合わないと判断するのであって否定はしていません

「合わない」ではなく「それ以降利用しない」と言うのが否定なのです。「なぜ利用しないのですか?」と書いているのが分かりませんでしたか?


>では自信があるのですか?
>現在も自分の解釈に自信があるなら私の解釈の正誤を判断できないというのはおかしいかと
>細かい描写は憶えてないし新しい解釈への判断もできないが今も私の解釈は正しい、と?

まず「自分が1999年にそう解釈した」というのは事実です。それはいい。
あなたは(多分最近)同じ映画を見て別の解釈をした。それもいい。別に私は否定はしません。それはおそらく「正誤」の問題ではなく「解釈」の問題だからです。
もちろん明らかな見落とし等による事実誤認で「正誤」の問題になる可能性もあります。だからこそ私は「映画内の描写に沿って論理的に説明し、私を納得させられれば、いつでも修正します」と書いているわけです。そこまで言うなら、「解釈」の問題ではなく、明らかな事実誤認による「正誤」の問題であることを示してください、と。
ところがそれに対する答は「常識的に考えて見ていれば説明しなくとも分かると思いますが?」。つまり何も論理的な証拠を示すことが出来ないくせに、一方的に「オレの解釈が絶対的に正しい。お前の解釈は間違っている」と主張する。
自分の「解釈」が他人の「解釈」よりも絶対に正しいと言うなら、それを正々堂々と論破してみなさい。「常識的に考えて見ていれば説明しなくとも分かると思いますが?」という言葉で、自分の解釈の絶対的正しさを証明出来ると思っているなら、頭が足りなすぎます。
そういうところが前から言っているように、あなたの思い上がりであり、傲慢不遜さなのですよ。お分かりですか? 
私はあなたの解釈を否定しているのではありません。「明確な根拠も示すことが出来ないのに(その努力すらせずに)、自分の解釈を絶対だと信じ、他人の解釈を否定しようとする」、その醜悪な傲慢さを否定しているのです。


>これは前のコメントへの否定でしょ

馬鹿につける薬は無いというやつでしょうか…
上で述べたことの繰り返しになりますが、それはおそらく「正誤」ではなく「解釈」の問題です。「正誤」だと言うなら、その証拠を出してください。
解釈の問題である以上、二つの異なった意見が共存する事に何の問題もないのです。私はこういう解釈、あの人はああいう解釈…それは互いの「否定」ではないのです。明らかな正誤でないかぎり、映画の感想や評価に多様な意見があるのは当たり前です。
それを「解釈は一つだけ。違う解釈の存在は全て否定行為とみなす」って、まさにファシズムそのものですね。あなた、基本的に映画を見るのに向いてないんじゃないですか?


>できれば思い当たる検索ワードだけでも教えていだけませんでしょうか?

キーワード? そうですね。「甘ったれるのもいい加減にしろ」かな。『夜と霧』を読めば、そのような話は確実に出てくるし、それを捏造だとか何だとか否定したいなら、勝手に自分でやってください。都合上時間があまり取れないのでね。


>>描写が無いと言うのが、ねじ曲げている事なのです。
>あなたにとっては世の中凄まじい量のねじ曲げが行われているのでしょうね

あなた、裁判映画を見たことありますか? ある重要な証拠が提出されないことで、事件の実像が変わってしまい、判決もまったく違ったものになるという話は珍しくないですよね? 些細な証拠ならともかく、極めて重要な証拠を意図的に握りつぶせば、それは捏造に等しい行為なのです。

申し訳ないですが、あなたへの返答はこれにて打ち切りにさせていただきます。ここまでやり取りして、あなたの思考回路とレヴェルはだいたい分かりました。多分いくら指摘しても、自分の解釈を絶対視し、「自分と違う解釈は自分に対する否定だから削除しろ」などと言う傲慢不遜さは治りそうにない。そういう人と話していても不愉快になるだけで、私には得るものが無さそうだからです。人生の時間を出来るだけ有意義に使いたいので、もうこの辺が限度です。

もちろん反論はご自由にどうぞ。常識外れの罵詈雑言でないかぎり(最近一つそんなのがあったので公開せず削除しました)、公開させていただきます。ただしそれに対する返答は期待しないでください。

Posted by: ぼのぼの | 11/19/2014 at 02:19

ミドリガメさん。

一つだけ追加です。

前の方でコメントしているやっほーさんという人も「一定の評価」と言う言葉にこだわっていて、この人の場合、日本語の表現もリテラシーもあまりに…なので、真面目に考えることなく無視していたのですが、ようやく行き違いに気づきました。

つまりあなた方は、「一定」と言う言葉の意味を「一つに決まって変わらないこと」(大辞泉/明鏡)という意味で捉えていたのですね。

私が言っている「一定」という言葉は「ある傾向・状態に落ち着くこと ex.一定の人気を保つ」(大辞泉)「ある程度の基準に達していること。相応の。 ex.一定の評価を受ける」(明鏡)という意味で使っています。「今時バナナの皮で滑って転ぶなどと言うギャグを誰もやらないことかわらも分かるとおり、ああいう原始的な笑いは、今の笑いの主流とは言えないが、完全に廃れたわけではなく、現在も相応の需要があるのだろう」という意味です。

こちらは最初からそのつもりで書いているので「一体この人たちは何を言ってるんだ?」という感じでしたが、お互いに辞書での再確認を怠ったことで無駄なやり取りを生んだようですね。失礼しました。

Posted by: ぼのぼの | 11/19/2014 at 12:39

人が争いを止めないのは、
「自分が一番正しいんだ」
って思うからなのかもね。
突っ張りあう二人の間に、一体何が生まれるのだろうかね。

Posted by: クジラ | 11/27/2014 at 02:31

>クジラさん

いや、片方が「自分が絶対に正しい」と思い込み、異なった意見の存在を一切許さない だけで、争いが生まれるのだということを、今回学びました。

Posted by: ぼのぼの | 11/27/2014 at 23:33

こうやって意見が対立して戦争が起こるんですよね

Posted by: 通りすがり | 12/06/2014 at 17:24

ブログという形でレビューを掲載してるわけだから当然閲覧する人がいるわけでしょう。
で、貴方はそのリアクションに対して自分が如何に正しいことを述べてるか理路整然と書き連ねています。
確かに私から見ても貴方の仰ってることは論理的に正しいように見えます。文章から察するに頭も良いのでしょう。

ただ、一つだけ疑問があります。
貴方は何の為に公衆が閲覧可能なレビューを書いてるのですか?

確かに貴方が論破してる複数の閲覧者のコメントは、論理性に欠け妄想や感情論で書いたものであったかもしれません。
特にこのレビューを読んで貴方の人格を否定するなど論外です。
ですが、貴方は知性が足りないと思うかもわかりませんが、それがこのレビューを見た方の正直な意見ということです。貴方がこの映画を見て率直なレビューを書いたように、そのレビューを見て率直な意見を書いてるまでなのです。そんなコメントに対して「せっかくコメントをくれてるから返答するのがマナーだ」という意味で返答をしているのであればそれは大変素晴らしいと思います。しかし、仮にそうだとしたら皮肉めいた余計な発言が多いですよね。

貴方の意見は矛盾点を指摘した理論的なものが多いですが、私から見ると貴方がこのレビューをインターネットを通して掲載してる意味そのものが全くもってわかりません。同調的な意見が欲しいのですか?それとも議論を交わしたいのですか?

私が気にすることでは無い、知る必要のないことなのでしょうが、理論的な思考が出来る貴方がなぜコメント欄でこんなしょうもないやりとり(言い方が失礼だったらすいません)をしてるのかが謎だったので、レビューを掲載してる趣旨を質問させていただきました。

最後に貴方のレビューに対して一言だけ言わせてもらうとするとするならば「野暮」ですね。勿論解釈が私と貴方とでは違いますので、議論するつもりは毛頭ございません。この一言につきましてはスルーでお願いします。

Posted by: ローズマリー | 12/17/2014 at 02:30

それを人生のネガティヴな面を一切無視したまま、自分のひとりよがりなバカ騒ぎだけで「人生は美しい」などとほざくな! 人生を舐めるにもほどがあるわ!!

それこそがベニー二の描きたい世界でしょう。さすが現代のチャップリンと呼ばれただけあります。
なので、あなたの指摘は正しいと言えるでしょう。惜しむらくはそれに同調できる視点がなかっただけ。

ただし、広島原爆との対比はちょっと…
あまりにも稚拙な例で、あなたのレビューを台無しにしています。
批評家は批評家でいましょう。曲がりなりにも作家になってはいけません。

Posted by: 与太話 | 12/20/2014 at 23:33

あなたはきっと慎重な人なのだと感じました。私がホラー映画を見て、自ら危険を冒しまくる登場人物に感じる不安や苛立ちと、あなたのこの映画に対する感想は似ています。
私はこの映画には、些細な引っかかりはあれど、苛立ちは感じませんでした。わざとリアルな描写はせず、明るく作っているのだと感じたので、気にならなかったんです。私は最後までクスクス笑いながら見ていて、ラストでは泣いてしまい、心を惹きつけられるいい映画だと思いましたよ。

私が色々な感想を持った場面で、他の人はどんなことを感じたのだろうと検索したところ、ほとんど批判ばかりのこちらのレビューに行き着いてしまい、少し悲しくなってしまいました。人の感想は色々ですね。
という感想です。長々と読んでいただいてありがとうございました。

Posted by: 猿 | 01/01/2015 at 17:26

この語はジョスエの物語ですよね。前半の都合の良い話は全部、親友と母から聞いたエピソードで、影で謝ってたとしても省略されてます。自慢話はそうなりますよね。グイド視点で見ると迷惑ばかりって思うだろうけど、これはジョスエの話なので、ジョスエには父が必死に自分を説得していた事しか目に入ってないのです。収容者がほぼノーリアクションで説明できます。ルール説明の場面は、私も良い話だとは思えませんが、前からいる収容者はルールを守っているわけだから聞けばいいだけです。報いは受けてるじゃありませんか。あのままじっとしてたらグイドは助かってるでしょ。でもグイドはそういう人じゃありませんよね。何もかもうまく行き過ぎていた話だけど、ちゃんと現実を突きつけてます。ストップモーションで号泣してしまいました。お互いに話が噛み合わず、大喜びしてるけど、まさに一瞬だけじゃありませんか。グイドの話だと思ってたら、実は違ったってわかる瞬間でもありますよね。私にとっては大事な作品になりました。

Posted by: hide | 01/11/2015 at 11:27

お久しぶりです
ふと思い出し気になったので見にきたらコメントが追加されていたので投稿させていただきます
本当はもう少し長かったのですが最後まで書いて全部消えたしまったので少し減らします

>定義を聞いてどうするのですか?
あなたと私の『ご都合主義』の定義に相違を感じたので伺いました
少し検索してみたことろ
『ストーリーの進行に都合のよいように作られた強引もしくは安直な設定・展開のこと』
とあるのでこれに沿っていうなら確かにご都合主義なのかもしれません
まあジョズエの回想、ということで納得できるとも思いますが


次の部分は『一定』の認識不足ということで片付けてしまっても良いでしょうかね
目から鱗です、あなたの推測通りに 一定 の意味を受け取っていました

>あなたは(多分最近)同じ映画を見て別の解釈をした。それもいい。別に私は否定はしません。

とは言いますがレビューを見た限りではあなたの書き方は他の解釈に対する強い否定を感じます
恐らくここにコメントをしている人のほとんどはそう感じたから批判したんだと思います
その返事を見るまであなたのレビューに『これは一つの解釈だが、』と言った印象は受けませんでしたので私自身も書き込んだのです

>ところがそれに対する答は「常識的に考えて見ていれば説明しなくとも分かると思いますが?」。つまり何も論理的な証拠を〜

次の文章はあなたが他のコメントとあなたの返事です
『>あと、”給仕として評価され、その仕事が続けられれば”の評価されれば続けられる根拠のある描写あった?てか評価なんかされんの?

描写などなくても、ごく普通の常識で考えれば分かることです。』

私がそう書いたのは上のあなたの文章を見たからですよ

うまく返されると思っていたのですが驚きました

>何も論理的な証拠を示すことが出来ないくせに、一方的に「オレの解釈が絶対的に正しい。お前の解釈は間違っている」と主張する。
自分の「解釈」が他人の「解釈」よりも絶対に正しいと言うなら、それを正々堂々と論破してみなさい。「常識的に考えて見ていれば説明しなくとも分かると思いますが?」という言葉で、自分の解釈の絶対的正しさを証明出来ると思っているなら、頭が足りなすぎます。
そういうところが前から言っているように、あなたの思い上がりであり、傲慢不遜さなのですよ。お分かりですか? 
私はあなたの解釈を否定しているのではありません。「明確な根拠も示すことが出来ないのに(その努力すらせずに)、自分の解釈を絶対だと信じ、他人の解釈を否定しようとする」、その醜悪な傲慢さを否定しているのです。

この辺は全てご自分に宛ててるとお思い下さい
自分はレビューを変えろとは言っていないから論理的でなくてもいい、なんてことはありませんよね

ちなみに私の常識で考えてもユダヤ人を絶滅させようという世の中で給仕として評価されたからどうかなる、とは考えにくいです

>解釈の問題である以上、二つの異なった意見が共存する事に何の問題もないのです。私はこういう解釈、あの人はああいう解釈…それは互いの「否定」ではないのです。

繰り返しになりますがあなたのレビューからそのような印象は受けません
他の解釈を否定、否定でないなら侮辱とも取れるような書き方です
好きなものを褒められる事が嬉しい人は好きなものを侮辱されたら憤るでしょう

『これは一つの解釈です』という書き方なら私も他の方も食ってかかるようなコメントはしなかったでしょうね

もしそう書いたつもりならあなたは基本的にレビューを書くのに向いてないのでは?


>あなた、裁判映画を見たことありますか?

返す言葉もありません

確かに発信する情報を選択するのは捻じ曲げと言えることだと思いました
この作品はホロコーストを題材とした娯楽作品、ということでよろしいのではないでしょうか

>ここまでやり取りして、あなたの思考回路とレヴェルはだいたい分かりました。多分いくら指摘しても、自分の解釈を絶対視し

常識的に考えれば〜の下りからそれは分かるようにあなた自身にも言えることだと思います

ライフイズビューティフルを観て感傷に浸っているところにこのレビューを見つけ、カッとなって書き込みましたが猛烈な反論、それからは(自分は)頭を使いながら討論の真似事ができて面白かったです

今一度レビューの主張ではなく書き方を変えることをご検討ください
それが火種になったことは事実なので

ではご返答期待しないでお待ちしています

Posted by: ミドリガメ | 01/11/2015 at 14:10

まさに日本人という感じのレビューだなぁ
集団の和を乱す人のことは徹底的に叩く、それが正義!
冒頭でも童話とあるのだからもう少しおおらかな気持ちで見ればいいのに

はじめの笑いは私も合わなかったが、なごやかな雰囲気から徐々にユダヤ人迫害の実害が出始めるという演出の一環と考えれば、はじめの馬鹿馬鹿しいシーンたちもこの作品の幅を出すのに一役買っていて、必要なものだと感じたな

まぁ、いい気持ちで映画を観終わった後に検索をかけるとこのページがかなり高い位置に出てくるから、みんな腹が立って一言言いたくなるんだと思うよ

Posted by: クリスタ | 01/24/2015 at 03:33

前の方にも書かれているけれど、この映画は「息子による回想」の映画でしょ

前半部分の父親中心のテンポ良すぎな展開とか周囲の人々の反応の薄さなんかは、息子の追想による父親像の紹介であって、帽子を勝手に盗ったとか、それが社会的にどうなんだとかはこの映画のストーリー上どーでもいい

他のコメントが主のレビューに違和感感じるのは、剽軽で息子を愛する父親像を貶された事よりも、突っ込み所がソコ?!という
まあ主がどう感じて自分のブログでどう書くかは自由だけれども、この映画のレビューの本線ではないなーという気はする


笑いのセンス云々も、この映画の時代設定考えれば納得いくのでは?1939年だよ、監督も年代に合わせて脚本作ってるだろうし、2005年の人間のセンスとそりゃ違うさ、ユーモアのセンスや文化の違いもあるし、そこは察しないと

強制収容所のシーンも客観的には最悪絶望の状況なのに、イマイチ緊張感が無い描写になっているのは、父親が息子に窮状を悟らせない為に一生懸命、これはゲームなんだということを列車に乗り込む前から徹底して演じたから、息子の目には収容所がそれほど地獄に映らなかったのでは

これらは息子が強制収容以前と解放後に祖父や母親や父の友人フェッルッチョから話を聞いたり、実際自分の目で見た父親の言動から連想した「イメージ」でストーリーを展開していると考えると合点がいく
つまり息子の主観で話が進行している

現に収容所で死体やグロいシーンがほとんど描写されないのも上の理由からで、唯一出てくる霧の中に出現する大量の死体の穴のシーンでも息子は父親に抱かれながら眠っていて実際死体は見ていない
こういった息子が実際体験せずに、後日に話も聞けないシーンは、ナゾナゾ好きな軍医のシーンなどがあるけど、それはナチスの残虐さや非人間性を表現する監督の意向としてとらえているよ


長文すまない

Posted by: グレッグ | 02/23/2015 at 04:55

レビューを見てこれは批判されそうだなと思ってコメント欄を見たら案の定で笑わせていただきました。

自分の楽しんだ作品を批評されると自分を批判されてるように感じるから噛みついて来るんでしょうね。

いろんな視点を知った方が映画を何回でも楽しめるんだから批評だって受け入れればいいのに。

コメント欄汚し失礼しました

Posted by: ワロリンチョ | 02/27/2015 at 08:33

名作を批判したあなたはかっこいい

反論者論破するあなた強い

難しい文書くあなたは頭いい

Posted by: | 03/02/2015 at 22:26

はじめまして
最近、BSプレミアムでこの映画を観て号泣しました。
それから軽く落ち込んでしまいました。
ネットの感想を検索しているうちにこのレビューを見つけました。
読んでいると「なるほど」と思う部分もあって心が軽くなりました。
ありがとうございました。

Posted by: もふもふ | 03/04/2015 at 17:36

なんでギャグでやってる描写にマジなツッコミ入れてんの?笑

Posted by: Qwer | 03/06/2015 at 00:56

いろいろな意見があって面白いなあ

Posted by: なめなめ | 03/07/2015 at 22:18

ぼのぼのさんはとてもまじめな方なんですね。
この映画、古き良きイタリア人の優しさや自己中さが盛り込まれた映画だと思いました。イタリア人のギャグセンスとか、笑いのツボだとか、日本人じゃ分からない所もたくさんあったと思います。
おいおい、有り得ないだろ…。いやいや、そんな事やったら殺されるから!絶対見つかるでしょ!?
そんなツッコミを入れて楽しむ映画なんだと思います。
変な話、その辺真面目に見ちゃいけないのかな、と。
当時のドイツ人みたいな真面目な方が見ると、きっと辟易するのかなと思いますが、私はこのレビューみて、
おぉ、ここまで真面目に自分の人生と照らし合わせて真剣に考えながら見ると、確かにこういうレビューになるよなぁ・・・と思いました。
ちょっといいずぎかなぁ、というコメントも全体的にあるように思いますが、こういう風な考え方があるのか、と勉強になりました。
私は嫌いじゃなかったです。
ただ、予告編9分を見て号泣したのに、本編で泣けませんでした(笑)

Posted by: ゆき | 03/23/2015 at 00:52

>飛鳥!さん
 >松本人志も面白いって本に書いてたし、

おかしいですね。
有名人が書いていたら正当性があるのですか?
それでは、有名人が新興宗教の信者なら自分も入信し、
有名人がマルチ商法をやっていたら自分も入会にするのですか?

Posted by: 矮鶏 | 04/06/2015 at 02:48

 コメディーにマジツッコミして批判しても・・・という空しさが感じられます。ご指摘のようにとろうと思えばとれますが、とらない人の方が圧倒的多数だと思います。
 瑕疵のない映画などあり得ないわけで、「可能性の中心」に焦点を当ててこそ、批評たりうると思うのですが。その「中心」に潜む、この映画を評価する人の心の中にある問題をえぐり出す・・・という批評なら分かりますが、あまりにも表面的な感想にすぎません。
 まあ、「かぐや姫の物語」のような老人の趣味的な作品をあれほど評価なさるような、つまらない審美眼の方だということと、この作品の評価はとてもよく一致していると思います。

Posted by: mac | 04/11/2015 at 20:47

 十何年か前に一度みたきりの映画です、細かいことはよく覚えていません。でも、とにかくものすごく泣いたので題名を覚えていて、ふと思い出し検索したところ、ここにたどりつきました。
とてもテンポがよく、え?え?と思う内容もあったけど、子供の体験を映画にした形だからこんな映画になったのだろうなと思いながらみていて。最後泣いてしまったのも、うまくつくってあるな-と思いました。
今回こちらを読ませてもらって、
こんなふうに受け止める人もいる!と知り、改めて映画や文章など表現することの意味やその結果(ではないけど語彙が乏しい私)を考えさせられました。

Posted by: きっかわ | 04/13/2015 at 14:37

この映画評に対する反論として、「大多数の人が誉めているのに、それと相反する評価を下す方がおかしい」という類のフレーズがしばしば登場するのが興味深いですね。この文章を書いた16年前には、そういうタイプの反論をする人はいなかったのに、今になって急にそういう言説が増えていることに、時代の空気の変化(もちろん悪い方向への変化)を感じます。

Posted by: ぼのぼの | 04/13/2015 at 21:28

こんにちは!
私は映画1000本以上観てます笑。なんて皮肉にもなりませんね笑。
沢山観てわかるのは、数ではないことも確かですしね。
一つだけ言わせてください。
ホロコーストで一番怖いのは同胞であるユダヤ人?学んだ人であればわかる?ふざけないでください。
だとしたら、あなたは何も知らない、無知な人です。もちろん、ホロコーストに関しては。
私はユダヤ人です。そして祖母はホロコーストに居ました。
あなたにはこの説明だけで、きっと十分ですよね?学んだのでしょうから。

Posted by: クリス | 04/16/2015 at 23:10

ブログ主様、貴方が減点法でしか人を評価しないかわいそうな方だということはよくわかりました。最も上司にできかねるタイプの1人です。俺はこんなに真面目にきっちり仕事をしてきたそれに引き替え貴様はなんて駄目なんだと人の欠点しか見ないケチをつけることしかしないかわいそうな方だと、私は思いました。

Posted by: あっちゃん | 04/23/2015 at 16:30

 自分はラストシーンあたりがエクスキューズだったのだと思っています。
 結局主人公は銃殺され、しかも結果論とはいえ実は何も行動しなければ家族全員が助かった。この映画が本当に主人公を完全肯定する作品ならば、自分も助かるか、もっと絵になる最期を与えているでしょう。なぞなぞ大好きな軍医に主人公が助けを求めても全くの無関心だったシーンが最たるもので、結局他者に無関心なのはお互い様で、誰もがそうであるからこそあの虐殺があったという意味なのではないでしょうか?
 ただ、自分もこのエクスキューズがなければどうしようかと思っていましたが、実際にそうであったとしてもこの作品を「今年最も許し難い映画」だったとまでは思いません。むしろかなり良い映画だと感じたでしょう。後味の悪い、不気味さを感じさせる映画になるでしょうが、それは逆に長く余韻を楽しめるということです。また、扱っている素材が素材だけに、現実にはエクスキューズが有るとは限らないという解釈にもとれます。

Posted by: 赤恐竜 | 04/29/2015 at 16:20

初めて投稿させて頂きます。
最近、映画をよく見るようになって個人的な記録としてあるサイト上で見た映画の関するレビュウーを書いている者です。
他の方への参考としてのレビューではなく、あくまでも自分自身の個人の記録として書いているだけの一観客です。

でもこの映画に関しては個人の感想という事に留める気持ちにはなりませんでした。
この映画が高く評価されて好きだと言う人が多くなる事を危惧したからです。
映画の感想は一個人の自由だと言う事で捨て置く事が出来ない気持ちになったのです。
そのサイトで実際にレビューを投稿する前に、この映画に対する批判はないのか調べる事にしました。
そしてここにたどり着いた次第です。
長年にわたる論争が存在すると言うのは本当でしたね。
今まさに続いているとは予想外でした。

このブログの投稿の中にブログ主さんの目的は何ですか?という問いがありましたが、それに対する返答は既にお書きになられているように見受けられました。

人類史上最大の二つの悲劇
日本の都市への原爆投下とユダヤ人に対するホロコースト

この現実に起きた悲劇を舞台に大したリサーチもせずに軽々しく事実の反する舞台設定で感動作と称する映画を作った事への警鐘だと思います。
私は肯定でも否定でもない中間的な人にその事に気が付いて欲しいと思いました。
将来この映画の作り話が収容上で本当に起きえた事だとの勘違いや間違った認識をする人が増え続けたらそれは恐ろしい事だと思いました。

論法を見ていると高い評価を下す人の考えを改めさせる事は難しいようですが、狙いは収容所の実像やその知識や想像力が少しだけ足りなかった私のような中間的な人に気が付いて欲しいのです。
少なくても私の目的はそれに尽きます。
それは自分が感じる憤りの解消とイコールでもあります。

幸にしてこのブログの投稿者でユダヤ人の方がいらっしゃるようなので、私のように実体験が無い者に伝え聞いたであろうお話をしていただけると話が早いと思います。
まさか収容所はあの映画の通りの状況でした・・・という話ではないでしょうから。
当事者でない限りは難しいとも思いますが。
日本人であるからと言って原爆被害の実像は知らない。
祖父母が被爆者であっても伝え聞いた話である域は出ず、自分で理解し想像を膨らませるしかない。
これらの事は承知の上ですが。
海外ではホロコーストの生き残りの方が起こした放映禁止訴訟や苦情電話相談室が存在するという事についてのご意見も教えて頂ければと思います。
実体験者から何故訴訟が起きるのか、何故苦情があるのか知りたいのです。
クリスさんの祖母様はどこの収容所にいてどのような経験をして生き抜いてこられたのか、生の貴重なお話が聞けると参考になります。

Posted by: くろすけ | 05/02/2015 at 23:54

人の感性に白黒つける必要はないでしょ(=_=)

Posted by: 紅ちゃん | 05/14/2015 at 01:56

人の感性に白黒つける必要はありませんが、
この映画に批判がある事を訴え続ける必要があります。

背景を無視して親の愛情を描いた一部分だけを取って感動作だ、名作だと言っている事を批判しています。

映画にはその作品の影響力と責任があると思います。
特にこのような題材を扱う場合は、無責任な表現は批判の対象とするべきだと思います。
この映画は無責任な商業主義的な映画だと思いました。
人類が歴史から何かを学び取るべき責任を無視しています。

映画賞など取ってしまったから尚更たちが悪いです。
だから面倒でも、この映画には批判がある事を訴え続けなければなりません。

戦後70年の節目の年であり、実体験者が年々減少していく今だから声を上げたいです。

人間が人間らしからぬ方法で抹殺された場所を舞台にこんな映画を作った事が許せません。
主人公は人間の尊厳を崇高に守り抜いて射殺されています。
あのように高らかに手足を上げてオモチャの兵隊が行進するようなジェスチャーが出来る体力と気力がある状況の場所なら、私の憤りも半減すると言うものです。

人間性に共感できない変な主人公が最後には射殺された事がエクスキューズになるとも思えません。
むしろ子供を守るために人間らしく死ぬ事が出来たのは反道徳的な人物を美化した筋書きに思えます。
私が言いたいのは、あんな事ができたのか・・・と言う事です。

もし自分が強制収容所で死んだ人間だと想像して、後世にこんな映画が出来たと知れば自分なら悔しい気持ちになると思います。
誰もが子供や大切な人を守りたかったに違いない・・・。
自分だって出来る事なら命に代えて子供を守りたかったのだ。
こんな声が聞こえてきそうな気がするのが少数派だとは嘆かわしいです。
そして、強制収容所を舞台にする映画を作るのなら、もっと正確に実態を描いた作品にしてくれ、とあの世から思っているはずです。

原爆も同様、原爆の熱線で一瞬で蒸発させられた人や、全身の皮膚が剥がれ落ちて苦しみながら死んでいった人々の事を引き合いに出して、分かりやすく説明している事に対して
稚拙な例えだと言う批判にも理解に苦しみます。
人間が人間らしからぬ方法で虐殺された事をホロコーストと同様の観点で分かりやすく的確にとらえた例え話だと思いますが、なぜそれが稚拙な例え話なのでしょうか?

愛する人を守りたくても守れなかった何百万人もの人々の無念の気持ちが私には容易に想像できます。
それが分からずにこの作品を評価する人が増え続け、名作として定着する事に憤りを覚えます。

自分が感動さえできれば何でも有なのですか?
死者にはものが言えないから、知った事ではないのでしょうか?
感動したのだからそれでいいのですか?
それでいいじゃないかと言うのなら、死んだ人の魂が浮かばれません。

フィクションだ、寓話だ、ファンタジーだ、子供の目線だ、子供の回想だ、と前置きさえすれば許されるのでしょうか?
もし許されるのなら気違いじみた例え話が浮かんできます。
それは個人のみならず国の存亡が危うくなるほどの例え話を簡単に作る事が出来ます。

ファンタジーを作るならファンタジーの設定世界でやるべきです。

それでも尚、それでいいんだと言う人は必ずいると思います。
この作品の主人公に共感するのでしょうから、仕方がありません。
そのような人々とは平行線をたどるだけなので、お話をするつもりは最初からありません。

私は“今年最も許しがたい映画” というレベルではなく、常に批判が付きまとい、単なる名作として映画史の未来に残してはいけない映画とさせ続けなければならないと思っています。

一人でも多くの人に、この映画に問題が有る事を分かってもらいたいので、この場をお借りして批判させて頂きます。

Posted by: くろすけ | 06/02/2015 at 20:48

興味深く読ませていただきました。ちなみにぼくはわりと好きです、この映画。エッジの利いた笑いとかではないけれど、まあ、前半はとりあえず和やかだし、細かい点に目くじらたてなければあれは主人公の情熱を描いてるのでありかな、と。後半は確かに収容所にしては、とも思いますが、では逆に夜の霧みたいな過酷さばかりに焦点を当てられても、とも思います。過酷さはあまり描かれず、彼が大事に守ろうとしたものに物語の筋があり、息子との約束が彼の死によって達成されるという、悲しいような、でもなにかが達成されたような、そういう泣き笑いみたいなものがあってこのタイトルなのかなーと思います。あま、ひとそれぞれっすよ。

Posted by: 通りすがり | 07/08/2015 at 04:18

世間では名作と言われるこの映画を今日初めて観ました。
そして多くの方と同じようにこの映画評に辿り着きました。
主様に食ってかかったようなコメントはきっと批評の内容というより、言葉尻だったり書き方に触発されたのでしょうね。
もちろん主様の表現の自由ですから、私はケチをつもりはございませんが、それに対して言葉の定義だの、あのシーンはこういうことを表現しているだとか、さも議論の体をなしているかのようなコメントをされても主様からすれば議論にすらならないのでしょうね。

映画を観た後とてもしんみりとした気分になりましたが、この映画評を拝見しはっとしました。上のコメントにもございましたが、この映画評が、扱う題材が故に、単に名作として片付けられないものであるというならば、その点を鑑賞後に思い至らなかった戦争を知らない私からすると、なるほどと感心するばかりです。
最初から映画に駄作だの良作だのと評価して普遍性があるかのごとく言うのは違和感を覚えるので、私は恋人や友人に「いい映画だよ」と、“主観的な”つぶやきをするくらいがちょうどよいのですが、、。

稚拙な文章を長々と失礼いたしました。
かつ映画の内容にも触れず、単につぶやきになってしまいました。
大変読みごたえのある有意義な映画評とコメントでございました。ありがとうございました。

Posted by: ぶんた | 07/13/2015 at 00:47

正直前半60分は面白くない。でも2回目見ることがあったとしたら、前半は絶対に飛ばせない。
それから主人公が単純にうるさい。少なくとも日本人にはあまりいないタイプだよね。そして最後で泣いた。トータルでめっちゃ楽しめました。

あと、映画って真実が知りたい時に選ぶ題材として不適当なモノだと思いますし、それが共通認識だと思っています(deep blueなんかは真実だけど、真実が見たいんじゃなくてキレイな映像を見たいってのが本筋だろうし)。
この映画で「強制収容所の真実が婉曲して後世に残る」って思う人は「艦これが戦争を助長する」って言う人と同レベルじゃないでしょうか。こちとらそういう観点で映画見てませんからっていう感じですね。強制収容所の真実はこっちで勝手に調べますから。その調べる取っ掛かりをくれるってだけで、歴史認識、歴史の伝達的な観点からは十分なんじゃないでしょうか。
私親族を原爆で失ってますが、「原爆どーん→やったー」ほどふざけてないなら気にしません。原爆で擦り傷程度だったとしても、それをきっかけに事実を知ろうとする人が増えてくれればそれで十二分です。

ホロコーストに関してもね、何が本当なのか分からないですからね。真実と、ユダヤ人等が当時を思い出して語る主観的な意見と、当時のアメリカ等が作り上げた事実がごっちゃになって存在してるから。ガス室大量殺人も「なかった」可能性のが高いけど「なかった」と断定出来るほどではないらしいですし。

Posted by: とおりすがり | 08/05/2015 at 05:22

名作ということなので録画して鑑賞していたが、何となく違和感を感じた。

鑑賞中に検索しているうちにここに到達し、ほっとしまた。

夢中になって映画館に通った無責任シリーズの植木等のほうがずっと共感を覚えました。

時代が変わっていることを痛感せざるを得ません。


Posted by: さとえり | 08/09/2015 at 21:41

映画にはそれぞれの作品がもつ影響力と責任がある。

だからプロパガンダ映画などと言う種類の映画もあったりします。
映画の役割としてただ単に人に感動を与えるだけの物であったり全ての映画が娯楽であればいいのだとするならば、ライフイズビューティフルと同程度の稚拙な感動作は簡単に作る事が出来る気がします。

私の知り合いに高齢の方で少年期を朝鮮半島で過ごした方がいます。
その方が言うには当時、日本の統治下だった朝鮮が今の韓国の人々が言うほど日本人が朝鮮の人々を虐げていた様には見えなかったけどなぁ・・と回想していました。

この映画は幼少期の回想として描かれているのだから、リアリティの欠如は許されるという趣旨のコメントがいくつか見られますが、上記の私の知り合いの回想に基づいた映画を作ったらどうなるでしょう。
子供目線での回想であれば史実との相違があっても許されるのなら以下のような例え話が浮かびました。

かつての大日本帝国が理想として掲げていた大東亜共栄圏は欧米列強の白人支配や搾取からアジア諸国を日本軍が解放し、優しい日本人によって豊かで人間らしい生活をする事が出来た。
その中に日本人と現地の親子の情愛を絡めて、現地の人のために戦って日本人が犠牲になって死んだりするストリーを作り上げて、誰が見ても感動する話に仕立て上げた映画を作ったらどうでしょう。

全ての人が、取り分け日本の支配下にあった国々の人々は、その映画を受け入れられるでしょうか?

もし猛烈な批判を浴びたとして、その時こちとらそんな観点で映画を作っていませんよ。
この映画はただの娯楽で感動作でしょ?
ついでに歴史認識はそっちで勝手に調べておいてください。
感動作を見たいのだと言う、多くの人の需要に応えているだけなんで。
商売でやっているから興行収入が伸びればそれでいいんです。
日本軍が他国の軍隊と比べて常に残虐であったかどうかは事実かどうか分からないでしょう。
それを調べる取っ掛かりを作っただけで十二分でしょう。

かつての日本の軍国主義を美化したこんな映画を作った上で制作陣がこんな事を言い放ったら、どんな事になるでしょうか?
その映画の存在を日本人が容認するならば日本人の品性や見識を疑われて国の存亡が危うくなるでしょうね。
やがて日米同盟も破棄されるでしょうし、尊敬どころか軽蔑される国になる。

映画の持つ責任と影響とはそんな事だと思います。

ホロコーストで長く言われたイメージが事実かどうか分からない部分がある事はあるのでしょう。
でもホロコースト自体が無かったのだと言う論文は認められないと思います。

犠牲者数や殺害方法に違いがあっても。非常に多くの人が死に追いやられ犠牲になった事は間違いないと思います。
それが選別されたものではなくユダヤ人と言うひとくくりでされた事がホロコーストでしょう。

この映画で不快に思う最大の狂元は犠牲者に対する思いやりの欠落だと思います。
思いやりの欠落 とはイコール 映画の状況設定の真実味の無さ。
真実味を出すために映画で残虐さを描けとは言っていません。
悲劇の本質を描けないのならこのテーマに触るなといいたいのです。
私はホロコーストの犠牲者はナチスに殺されたが、何十年も経ってからこの映画が感動作だと言う人々によってもう一度殺されているとまで言いたいですね。
愛情の反対は憎悪ではなく、無関心だと言います。
犠牲者、死者の本当の無念さを理解できるのならこの映画が不快に感じると思います。
何も思わないのは死者の無念な思いに無関心だからだと思います。
死んだ人は無駄死になんですか?

何の事かどうしても分からない人は同じ殺され方をしないと分からないのでしょう。
○○は死ななきゃ直らない と○○を揶揄する言葉がありますが、まさにそれでしょう。
自分だけではなく自分が大切にしている全ての人もろとも殺されなければ。
いや、もろともならまだ幸せかもしれない。
離れ離れに切望的な場所に隔離されて大切な人、愛する人が殺される事にあらがう事もできずに死を待つだけだった気持ちはどんなだったろう。
それをこの映画の奇矯な人物がいとも簡単に自分の息子を救い出した。

この映画に素直に感動したと言う人の全てが馬鹿ではないと思っています。
ただ気がつかないだけなのだと信じたいです。
同じ事の繰り返しで申し訳ないですが、その人々に気がついて欲しいのです。
人間はいろんな考え方の人がいるのは理解しているつもりです。
中には思いやりのない人もいる。
その人の事はどうでもいいです。
笑う事よりも泣くことの方がストレス発散にいいとされています。
その欲求を満たすためだけに映画を見るような事は止めていただきたいのです。
この映画を名作と位置付ける事を止めて欲しいのです。

最近のコメントにもありましたが、この映画に対する批判を見て はっとしたり、ほっとしたりする人がいるのは救いです。
そんな人が一人でも多く増えてくれる事を願います。

Posted by: くろすけ | 08/14/2015 at 00:25

僕も概ね大まかな感想は管理人さんと同じですね。
でも、基本的には加点法で映画を見てるので、最後に米軍が戦車で来るシーンのカタルシスで全て許してます(笑)
人それぞれの感性はありますが、少なくとも僕の中では世間の評価ほどはない、今まで見た映画を1,000本だとしたら700位くらいの映画ですね。

Posted by: はすらー | 08/19/2015 at 11:27

私は、前半はちょっと乗り切れなく挫折しそうになりながら観て
後半は引き込まれ、ラストで感涙、という典型的なタイプです。笑
ブログ主さんのレビュー、興味深く拝見しました。
野暮だなーと思いつつ、細かいツッコミに納得する部分もありました。
ただその言葉尻や表現が荒っぽいから、反論が多いのかもしれないですね。

よその人のブログのコメント欄で、熱い自説を長文で繰り出している人には、
自分とこでやれば?と思いましたけどね。
私は広島出身、両方の祖父母を原爆で亡くした被曝3世です。
生まれた時から平和教育漬けで、きっと他地域出身の皆さんより知識も多いだろうし、
身内感情から思うところはたくさんあります。
けど、これまで数多く見た(見せられた)戦争映画、アニメ、書籍と比べても
この明るくバカバカしいライトな雰囲気が逆に戦争の悲惨さを際立たせ、しんみりさせられましたよ。
忠実に、正確に、グロテスクに語ることだけが全てではないですよ。

Posted by: さや | 09/07/2015 at 01:06

揚げ足をとるようになってしまいますが
車は盗んでいないと思いました。
確かにそういう見方もあるなぁ僕はそういう見方はしないけど、という感じです。人それぞれですね。

Posted by: ヒン | 11/04/2015 at 21:31

なんというか過去にお調子者タイプの男に、迷惑かけられたことでもあるの?

と心配になるような感想文ですね…

たぶん管理人は学生時代、
クラスの隅っこで静かにしているタイプの子だったのでは。

Posted by: 通りすがり | 11/12/2015 at 00:43

製作者と直接対談するわけでもなく、相手からは見向きもされないこんなところで陰口を広めているこの掲載者。
そのくせ、今度は面と向かって意見されるとムキになり、暇なのを武器にして相手が興味をなくすまでゴリ押して寄り切りばかり。

醜いね!

Posted by: 醜い人を見かけると多様性を感じてほくそ笑む | 11/14/2015 at 15:10

コメ欄はひでぇwwwwww

とりあえず、映画を見て直観で感じたことが自分だけの正しい感想だろ。
誰がどう思おうと、良くも悪くもない。
他人に理解を求めようとすることは難しいことだ。

あと否定コメにいちいち噛みついてんなよ顔真っ赤か?wwwwwwwww

Posted by: ぼのぼのwwwwww | 11/23/2015 at 04:34

先日「戦場のピアニスト」を観て感動し、同作と名前を並べることが多いらしいこの「ライフ・イズ・ビューティフル」を観たのですが、正直管理人さん(と呼んで良いのでしょうか?)と同じ感想でした。
観た直後はネットで高評価のレビューなどを読んで「なるほど、父親とは何たるかとか、愛や想像力によって人生がどれだけ楽しくなるかとか、そういうところに焦点を合わせるべきか」と多少は納得したのですが、やはりモヤモヤするところがありました。
そこでこちらのサイトの、管理人さんのレビューを読ませていただいたのですが、まさに自分が感じたことのほとんどが文章で表現されていて、とてもスッキリした気分です。
主人公の行動には理解できないものが多かった(コメディとは言えご都合主義過ぎてゾワゾワした)し、収容所内の描写も細かい(けど積もれば大きくなるような)要素を無視してる感じで、どこか雑な印象を受けてたのが、共感できた要因だと思います。

すみません、言いたかったのはそれだけです。
僕は映画に関してはほんの200作くらいしか見たことがない若造なので、ひょっとしたら見方が悪いのかも知れないとか思い、ここのコメント欄をいくらか拝見しましたが、ちょっと私情が織り混ざった意見が多すぎて、ちゃんと読む気になれませんでした…。
長々と駄文を失礼しました。

Posted by: 通りすがり | 12/06/2015 at 00:59

だから日本人は真面目すぎるというんです。
もっと高田純次を見習ってください。

Posted by: あ | 01/03/2016 at 18:36

私もこの映画に対して否定的な意見を持っています。
子供が大切なら、わざわざ危険なリスクを背負わせない。
また、子供を楽しませるシーンですが、現実離れし過ぎてバカバカしい。

この映画に否定的な意見を持つと、精神的疾患とか感動を理解できない欠陥など言われますが、たかが映画で人間性を全否定する方が疾患を持ちあわせているのでは?

Posted by: アンケート | 01/03/2016 at 22:59

私の思っていることをズバリと言っていてくれてスッとしました。
この映画を好きな人が多いので何回か見ましたが、毎回うんざりしてしまってw
昨日、友達に「ニューシネマパラダイスがすき」と言ったら、同じイタリア映画のこれの話になって。そのときは「超有名な映画だよね^^私も何回もみたよ^^」って言いました。嘘はついてないですし・・。
今日ここでコメント欄を読んで、私はまったく好きじゃない、と言わなくてよかったと思いました。

Posted by: 名無し | 01/20/2016 at 03:04

しょーもないレビューだった。
書き手はエクスキューズ、エクスキューズって
ただ「エクスキューズ」って言葉使いたいだけだろw

Posted by: 名無しのプログラマー | 01/31/2016 at 03:23

この映画は、イタリア人男性の生き方を描いた寓話なんだと思います。
確かに日本の社会で働く男性から見ると、グイドは軟弱でうるさくて、無責任な男と映るのかもしれません。
しかしグイドの陽気さや軽薄さは、この場合強さです。

人生の辛さや苦さは誰だって嫌という程知っています。どこの国に住んでいても変わりません。
そして、現実と真面目に向き合って、歯を食いしばりながら打ち克とうともがくのも人間なら、
醜い現実を嘘と笑いでごまかして、なお愛そうとする、美しいと肯定するのも人間です。
その人間の姿に人は心打たれるのだと思います。

どちらが正しいではありません。
映画のバックボーンには、当然ですが監督の価値観、それを育んだ国の価値観があります。自分と違って当然です。
それを許しがたいと拒絶してしまうのはあまりにも悲しい話です。
管理人さんは映画の構成や演出の話にとらわれすぎて、その観点がすっぽり抜け落ちているように感じてしまいました。

何十年も前の記事ですが、グーグル検索で1ページ目に来るので、書き込まずにいられませんでした。長々とすみませんでした。

Posted by: 名無し | 03/27/2016 at 23:33

この映画は、イタリア人男性の生き方や戦い方を描いた寓話なんだと思います。
確かに日本の社会で働く男性から見ると、グイドは軟弱でうるさくて、無責任な男と映るのかもしれません。
しかしグイドの陽気さや軽薄さは、この場合強さです。

人生の辛さや苦さは誰だって嫌という程知っています。どこの国でも変わりません。
そして、現実と真面目に向き合って、歯を食いしばりながら打ち克とうともがくのも人間なら、
醜い現実を嘘と笑いでごまかして、なお愛そうとする、美しいと肯定するのも人間です。
その人間の姿に人は心打たれるのだと思います。

どちらが正しいではありません。
映画のバックボーンには、当然ですが監督の価値観、それを育んだ国の価値観があります。自分と違って当然です。
それを許しがたいと拒絶してしまうのは、あまりにも悲しい話だと思いました。

何十年も前の記事ですが、映画のタイトルでグーグル検索したとき
1ページ目にこの記事が来るので、書き込まずにいられませんでした。長々とすみませんでした。

Posted by: 名無し | 03/27/2016 at 23:49

炎上商法が目的だとしたらよくできたブログだと思います。でなければ心底あなたは変わっているなと思います。嫌いな映画なのにこんなに批判が書けるということはじつはファンなんじゃないですか?そうでなければ暇人ですね!ほんとに尊敬します。

Posted by: ハルトマン | 04/02/2016 at 22:19

誹謗中傷を書き込む輩が多くて困りますね。
暇人とはそうした人を指すのだと思いますが。
なるほど、この件に関してわざわざルフトバッフェの英雄の名をハンドルネームにして投稿するんですね。
その辺から感性の違いが浮き彫りになります。

誹謗中傷にあたるかどうかは、書かれた事実が真実であるかどうかが分かれ目になります。
このブログは映画に対する個人の率直な感想を述べているページです。
それを批判してどうするのでしょうか?

この映画を見て不快感を持つ人を説得しようとしても無駄な事だと思います。
この映画を名作とする人に対してこの映画が許しがたい映画なのだとして説得しようと試みる事と同じでしょう。
つまり議論には絶対に接点は無いという事です。
だからここに誹謗中傷を書き込む人間は暇人だと言うのです。

私はここに度々長文を投稿させて頂いて、繰り返しになり申し訳ありませんが、この映画を見て不快感や、もやもやした変な感情を持った多くの人がこのページを見て、この映画に多くの批判があることを知る事ができ、何がそうさせるのかを具体的に確認して納得する事ができる貴重なページだと思っています。

ここに誹謗中傷を書き込む人は、この映画を肯定する人の中にはマナーやモラル、他人への思いやりが著しく低い人間が大勢いると自ら証明しているようなものではないでしょか。

Posted by: くろすけ | 04/14/2016 at 21:05

たまたま見かけて、コメントしたくなりました。
貴方のワーストワンはみんなのベストワンでしたよ?
年代別のランキングではもちろん、この映画が好きな人はとても多いです。
貴方の映画の知識は?映画監督の経験は?お笑いの経験は?映画は何本見た事ありますか?
貴方よりこれらの経験が多い人達が評価した映画です。
素敵な映画に出会えると良いですね。

Posted by: ライフイズビューティフル | 04/23/2016 at 16:48

>>とりあえず、映画を見て直観で感じたことが自分だけの正しい感想だろ。
誰がどう思おうと、良くも悪くもない。
他人に理解を求めようとすることは難しいことだ。

今の日本は思想を管理されてる国ではありません。だからあなたがどんな感想持とうが問題ないです。あなたのレビューに対しては自信を持っていいんじゃないですか?

単に映画を見終わって感想を読んだり、共有したいと思った人たちが検索をかけたら、たまたま辛口なあなたのレビューが検索トップの方に来てた。
「多くの人」がいい映画だと思ってるなか、「自分の中でワーストワンだ」なんて書いてるから「多くの人」の神経を逆撫でした。そのレビューは直接あなたに文句を言いたくなるほど不快だったってだけでしょ。

Posted by: 赤の他人 | 05/04/2016 at 05:08

結構、表に出ない同じ考えの人もいるのではないかと思います、
いつからか、綺麗なモノだけを並べて感動(売り上げ)を呼ぼうとする作品が増えてしまった。
名作らしい映画だと思うが、自分は感情移入する所が見つからず、よくできたドラマ中で終わってしまいました。後味の悪さを残したことも、この映画の見せる別の意義だと思う。

Posted by: アリ | 05/25/2016 at 03:12

ユーモアに理屈があるでしょうか。
頭で考えたならば、仰るようにこの映画はツッコミどころ満載です。
馬で人妻をかっさらったり、収容所の放送を乗っ取って愛を叫んだり、収容生活を「ゲームだ」って子供に言い聞かせたり。
どれも普通に考えたらありえませんよね。

でも、はたしてそれがこの映画の本質でしょうか。

Posted by: kota | 05/25/2016 at 14:07

親が自分の命を顧みずに子供を守り切った。と言う親の愛を表現したかった事がこの映画でしょう。
当たり前のことで、稚拙でお粗末な脚本にしか見えません。
本当の名作とはもっと感慨深いものだと思います。
他人の命はどうでもいいというスタンスは不快そのもです。
このブログのタイトルそのままだと思いました。

若い時に見て理解できなかった映画でも何年もの時を経て見直すとすごく理解できて驚く事があります。
この映画はそんな事は全くありませんでした。

Posted by: くろすけ | 05/26/2016 at 19:14

監督がイタリア人であった所が、この映画が深い視点からは作れない弱点なのでないかなと。
しかし、それが見る人に負担を掛けさせない長所に変わり、分かりやすい作品になった気がします。

Posted by: アリ | 05/29/2016 at 02:08

この映画のテーマは
''どんな状況下でも''人生は生きるに値するほど美しい

私はこの映画を何回か観てとっても勇気を貰いました
この主演の方でもある監督さんはお父さんが収容所での生活を経験されてるそうですね

これを観てもっとホロコーストについてちゃんと勉強したいとも思いました
ただ普通だったら悲しくて絶望的な時代背景を舞台にしてここまで明るく感動的なストーリーを描いたこの作品はやっぱりすごく良いものだと私は思います
最初の無茶苦茶ぶりも主人公のユーモラスな性格が出ていて素直に面白かったです
戦争の悲惨さを伝えたいのなら戦争映画やドキュメンタリーを作れば良いと思います

そしてコメントも読ませていただきましたがミドリガメさんと主さんのやりとり面白かったです
ミドリガメさんが非常に私のモヤモヤをスカッとさせてくれてそれに対して答えになってないのに必死に対抗する主さん
朝からちょっと面白い物を読ませて頂きました

この作品のジャンルはドラマでありコメディですから
この背景をコメディにするってどうなの?っていう方もおられるかもしれませんが私はこの作品は決して戦争を軽く扱ってはいないと思いますよ

Posted by: あゆ | 06/03/2016 at 07:52

この映画はたくさんの女性のファンの気持ちを掴みました。
それで女性というのは、自分の好きな物を批判される事を特に嫌います。

ネットの不自由のせいもありますが、もし目に入れば、意見を我慢できずに書いてしまわれるのは、ある意味仕方がないのかもしれません。

度が過ぎてしまうと、何よりもその人の人生が美しいから離れてしまうから、あえて見ないという知恵を使えたらいいかもと。

Posted by: アリ | 06/05/2016 at 15:15

当時デートで見に行って、見終わった後にこのブログ主と同じようにボロクソに文句言ったら相手から人間として感性が欠けてると言われた思い出がある。
単純に映画の出来が悪いだけであるが。

Posted by: なつい | 06/05/2016 at 15:27

常に上から目線であるという事が、この映画を批判する人に対する言動の特徴ですね。
人間性が劣るとはおかしい話ですね。

この件に関して感じるのは感性なり、思考回路が決定的に違う種類の人がいるのだという事です。
似たような対立で同じ構図として、戦争は絶対反対論者とやむを得ない戦いは有り得るという議論と非常によく似ています。

この映画を否定する人は物事を理詰めで考えられ合理的に行動できるタイプ。
この映画を肯定する人は結果に対する結論よりも理想が先にありきの無責任タイプ
(挑発的な言い方かもしれませんが結果はそうなる)

全ての人がそうとは限りませんが、この映画が好きな人は自衛隊の存在すら否定するタイプが多いのではないでしょうか。
全ての争いは話し合いで解決できると信じている人がこの映画を肯定的に見る人の大半を占めている気がします。
この思考回路が共通するように感じられますが違うのでしょうか。

そのような人々は全体から見るとごく一部で、声を上げない声なき声の方が圧倒的に多いのだと思います。
この映画の評価も同じことだと思います。

Posted by: くろすけ | 06/18/2016 at 22:31

この映画はコメディでドラマという免罪符を持っていますが、

この世界の中には、批判されづらい立場を誇示し、利己的な主人公がいるんだという、ノンフィクションだと考えてみることが、

もっと必要だったのかもしれません。

ブログ主さんの先見の明は、みごとでしたね。

Posted by: アリ | 07/02/2016 at 02:18

単純に、国民性の違いかなあと思いました。

日本人まじめすぎます。
働きすぎです。
世間体を気にしすぎです。
映画館、しずかすぎます!!!笑

私はいい加減なので、細かいところ気にせずこの映画楽しめました。
すいません。

Posted by: 水戸黄門がだいきらい | 08/22/2016 at 23:33

まぁ人それぞれの観点があると思うので私の観点を書かしてもらいます。
まず、この映画の冒頭は現実ではありえない事をしてます。なので主さんは社会性がないと仰っているのですね、でもこうでもしないとユダヤ系の人は恋愛すらできないという捉え方も出来ます。
あくまでフィクションなので監禁されてあんなに明るい人はいないと思います。
ですがもし主さんが望むようなリアルな感じ(望んでるかはわかりませんが)にしてしまえば私はこの映画を好きになれません。反対に、もっと笑える内容になればそれはそれでバカにしてるように感じます。
ですので主さんには他の方の観点も受け入れて欲しいです

Posted by: 昨日見た | 08/27/2016 at 14:00

自分と真逆の感想を持つ人がいたら、アーそうなんですか、と首をかしげつつもその存在を認識するだけです。
それを理解する努力はしてみても、個々の感想を捻じ曲げることは出来ません。
このブログを見る人はこの映画が許しがたいとする多くの人々がいるという厳然とした事実を認識すべきだと思います。

この映画に感動した人は最大限に良く言えば寛容、悪く言えば思慮が著しく欠けると思ってしまいます。
批判的な者の側から言うと寛容であるがゆえに思慮が省かれて良いという事にも納得は出来ません。
免罪符として機能していると思っている事柄が、それ自体容認できないから不快なのです。

批判的な人に対して、その気持ちを変更せよと言われても受け入れることは出来ないのではないでしょうか。
ブログ主さんも他の方の観点は認識していると思いますから、それ以上の事(感動作として容認すべき)を要求する事は間違いだと思います。

Posted by: くろすけ | 09/01/2016 at 23:54

結局コメディ&ファンタジーなんだよね
現実の強制収容所があんな訳ない、餓死やら疫病やらでバタバタ死ぬのに気付くも気付かせないもない
まさに、おとぎ話以外の何者でもないなんちゃって反戦お涙頂戴映画
前後で取って付けたような別作品だしコメディ映画としても三流

Posted by: a | 09/27/2016 at 20:14

ザ・日本人で、まじめでないと許せない体質は、私も同じ。前半は、見てられなかったので、何度も停止しながら、見るしまつ。

でも、まじめに生きたって、報われない、なかなか本屋もひらけない、別の人種の人と恋愛もできない、となれば、ああいう生き方でもしない限り幸せになれないのかも。

物語の中で比較的、親切で丁寧そうでまじめそうなおじさんは、シャワーに素直に行って、亡くなっちゃいましたよね・・・。

それにしても、面白くないって口をそろえていうわりに。

感情を掻き立てるというか、みんなが集まってコメントしてしまうような、気持ちを沸かせるのって・・・。

それはそれで、まんまと引っかかってたりしてね。

Posted by: abc | 10/04/2016 at 00:21

この映画の監督がこの様を意図的に作り出しているとは思えません。
単なる駄作なら放置すれば済むだけですが、この映画を否定する人の多くは不快感を禁じ得ないという事。

この映画に存在意義を見出すとしたら、物事の評価についての有り方をとことん考えさせられるという事に尽きます。
批評家なり映画人なり、映画関係者がつけた評価が全てではないという事が良く分かります。
最終的に判定するのは長い目で見た観衆だと思います。
ある芸術家が生前には評価を受けずに死後絶大な人気を誇るという事があるように、その逆もあるものだと痛感させられました。

Posted by: くろすけ | 10/04/2016 at 18:35

お恥ずかしながら先程初めてこちらの映画を観ました。
皆さんのレビューがどうなのか検索していたらほのぼのさんのレビューが1番に出てきましたので拝見させて頂きました。
だいぶ昔のレビューなのにコメントしてすみません。。
人それぞれ好き嫌いはあると思いますがこれだけ批判されているのは何故?かなと。私にはやはり素晴らしい映画だと思いましたので。

この映画て細かいユーモアやユダヤ人迫害を追求する映画ですか?
私は違うと思いました。どんな苦難にでも自分の妻や子供に怖い思いをさせない、今ある現状に不安を持たせない、暑苦しいくらい愛情たっぷりだけど不器用な男の話だと思いました。
私には子供がおります。厚かましいですがもし奥さんの立場に立ったとしたらこの人と結婚して良かったと思います。
そういう家族愛の話じゃないですか?
そして他のエキストラユダヤ人達の優しさ(誰も子供に本当の事を教えない、主人公を怒る人がいない)ドイツ兵の滑稽さ(放送したり音楽流したりしてるのに怒らないw子供をドイツ人だと間違えるw)もこの映画の味を深めているなと思いました。
私は最後はお父さんも助かって欲しいなと思いましたが、殺害される描写が当時の戦争の厳しさを物語っているのかなと思いました。

兎にも角にも私には愛ある素晴らしい映画でした♪

Posted by: 通りすがりの主婦 | 10/14/2016 at 18:39

戦争を扱った映画は、作品の感想は、その中だけに封じて置かねばならないと思います。

この映画が好きだった。愛情を感じた。
戦争について考えた。
感想は、良いのです、自由であって、

だけれど、フィクションの中からは、影響を受けて、
善悪を決める方向を学ぶことは、タブーだと思います。


ライフイズビューティフルを自分が肯定しづらいのは、
理想的なストーリーだと思うのです。

人の死も、悲しさを削り取ってしまった。
それは、誰でも受け取り易い長所になり、特に女性には最適の効果を生んだと思います。

しかし、それはとても不自然なことなんですよ。

この作品は、夢の話しです。それから歴史を学ぶことは、観客の意思に託されていると思います。


Posted by: アリ | 10/20/2016 at 02:45

この映画好きだった。
批判してる記事を見つけたのでどんな人が批判してるのかと思えばエクスキューズとか言いたい人だったので安心した(笑)
あなたが嫌いな映画を好きで良かったよ。

Posted by: 映画好き | 12/10/2016 at 22:09

人それぞれ、色々な捉え方があるので否定しませんが、肩の力を少し抜いてみてはいかがでしょうか?

Posted by: 通りすがり | 12/12/2016 at 12:36

先日この作品を鑑賞した私も主と同じ感想を持ち、沢山の号泣したと書かれたレビューに驚愕しましたw
ただ1つ主と違うのはこの作品の本筋が戦争の事実を伝え学ぶモノではないので
そこに拘るのはいかがなものだろうとゆう事です。
仮面ライダーの終わりに[これはフィクションです]との注意書きは必要でしょうかと言った方の気持ちも分かります。

しかしその他の映画として譲れないボーダーラインは主と似てまして、その受け入れ難い根本が自分として何かを考えてみた処、
全体の作りが映画演出として息子の回想とゆう体を成していない事でした。
『アマデウス』の年老いたサリエリの語りで始まり語りで終わるあの様な演出ならもっと多くの人が受け入れ易かったと思います。
そしてこの作品を称賛する方は敢えてそういった映画的演出をしなかった事を素晴らしいと感じ、反して批判する私達はそこをガサツだと感じた。

そう考えると詰まる処この論争は[この作品が計算されて作られたモノなのか?]ではないでしょうか。。

私を含め批判的感想を持った人達はこの作品がそこまで計算されて作られているとは信じられないのです。
だから主は「過剰評価に踊らされるな!気付け!」と警鐘の為にこのレビューを書いたのでしょう。
そしてこの様に様々な感想でこれからも語り続けられていくであろうこの作品は
若者の軽薄な誇張ではなく本当にそこまで神掛っている作品なのだと今は思えてきました。

私はこの作品と、ここの皆さんに出会えた事を嬉しく思います。
人生は信念を持って自分で築くものであり。
それが好きな自分であったならどんなに美しいだろうかと。

Posted by: Piro | 01/08/2017 at 14:40

 ホロコーストに関する累々する様々な書籍を読むまでもないです。この映画にあるような茶化しで済む話ではありません。ましてあの時にその親子が作り話で生きのびていこうとするような状況があったと思われるのでしょうか。その悲劇性を無視してただエンターテイメントとして映画を作ったのならほんのほん~の少しぐらいは許せるかもしれません。でも…
 ここでやりとりされるディスカッションは映画という娯楽で観る世界とホロコーストの悲劇性を理解している人とのその食い違いではないでしょうか。私には「アンネの日記」ほか、様々な書籍を読んで深い悲しみを感じたその前でもこの映画にはものすごい違和感を覚えます。

Posted by: フィドラー | 01/21/2017 at 00:46

晒されたり検索上位になることによってたくさんコメントがつくようになった記事ってあるけど
記事の内容そのものよりそのたくさんのコメントに対する返信に興味がある
ここはだめだなぁ
感情的で人格攻撃も平気でするし、もっと冷静に対応しよう

Posted by: たま | 02/02/2017 at 23:30

映画に娯楽性だけを求める人がいてもそれは自由です。
私も時として肩の力を抜いて見るべき映画をそのように楽しんでいます。

しかし物事にはTPOというものがあるのです。
それは服装に限った事ではありません。

そのTPOが分からない人や映画を単に娯楽性だけで見ようとする人が本当の名作を探し求め、深い所で見ようとする人に対して感性に欠陥があるかのような見下した言動をする事が陳腐であり、それは極めて不遜であるのだと言いたいのです。

賛否があるから語り継がれる神懸った名作だという論評は絶対に容認できません。

この映画の監督はどこからどこまでを計算に入れていたと言うのでしょうか?
監督なり製作者が計算していたのは、この程度の軽薄な筋書きでも感動作として受け入れる一部の大衆が存在するであろうという予想であり、それが部分的に計算通りになったという事だけです。

確か監督のコメントとして
“人々を不快に陥れたのならば本意ではない”と語っています。
つまり一部の肯定派以外の反応に関しては計算も予想もできなかったという事です。
分からなかったのだからその幼稚さ加減にはまだ可愛げがある。
不快を感じる人がいても、犠牲者の無念を真に理解できていても興行的に成功を見込めるからこの筋書きで制作したのだとしたら、この監督はとんでもない大罪人です。

語り継がれるのは在ってはならない映画が存在してしまった事に対する不快感と憤りとしての否定的な意見を人々が出し続けるからです。
映画の世界観に浸って様々な意見が交わされる場合のみが神懸った名作となるのでしょう。

この映画は存在そのものが不快と感じる映画です。
01/08/2017の投稿について。
>作品の本筋が戦争の事実を伝え学ぶモノではない

まさにこの映画のこの在り方が不快なのです。
極端に言えばその他の部分はどうでもいい事です。
この核心を除けばよくできた映画なのか駄作なのか、のよくある話で済んでしまうの
です。
仮面ライダーの例え話をスルーした主さんの気持ちが分かります。
この部分を容認できる人は決してこの映画の否定派ではないでしょう。
そして肯定派はこの部分を理解できないのでしょう。

根っからの肯定派が同じ否定派の名をかたり、まず同調し誘導的に
この映画を名作に仕立てようと試みる文章を見たように感じました。
両派がこの映画の世界観の下で融和するかのような綺麗な文章で締
めくくる事は幻想です。

私はこの映画を見させられたことが残念でなりません。
この上なく素晴らしい、いくつかの映画と出会う事ができたのに・・
それについて語るよりもこの映画を批判することがライフワークか
のようになってしまった。
自分の信念に基づいて批判をしていますが、その姿が美しかろうか・・・

そうせざる得ないこの映画は非情に罪深い映画です。

Posted by: くろすけ | 02/12/2017 at 15:14

こんばんは。
私は、この映画は悲劇性を極力少なくした映画なのかなあと思っています。この映画の軸は、きっと、本当のホロコーストを知ってほしい、というわけではなく、人生の素晴らしさを知ってほしいとかなのかなあと。そう考えると、私はこの映画を見ていて、人生って自分で素晴らしくすることができるんだなあ、と思わされました。映画の醍醐味ってそこじゃないのかな…

だから、主人公を常人に置き換えて話すのは、映画と現実の矛盾とかじゃなくてただのお門違いな感じがします。

と、映画の肩をもってみましたが、たくさんのコメントにしっかり返信をなさる筆者さまが最近は返信されてないことが寂しくて仕方ありません。体調でも崩してらっしゃるのかな…?また、筆者さまの言葉を聞けることを楽しみにしています。

Posted by: びゅー | 02/13/2017 at 02:06

面白いです!
あなたが酷評を書くことで高評価のコメントを集める、ヤラセなのかと思って読んでいました。
私も卵を頭から被ったり絹を勝手に使われたり帽子を盗られたり婚約者を奪われたあの男性だったらキレます。
ただ、この映画の素晴らしさは、彼自身が面白いかとか、迷惑をかけてまで女性を追った彼が素晴らしいか否かではなく「立派でない彼が息子の為についた嘘で息子がどれだけ救われたか」にあると思います。
社会不適合ともいえる彼の行動は酷いですが、そんな彼の嘘によって息子は助かりました。
食料も少なく過労を強いられる中でも、あれだけふざけるのはエネルギーを使うしめんどくさいですよね。
収容所の人たちもうるさいとは思ったと思いますが、ここまで頑張って嘘をつく彼は凄いなと感心していた人もたくさんいると思います。
ポジティブでいることがどれだけ大変か、どれだけ大切か。そして嘘も人を救うことがある。ということが描かれると思います。
死という恐怖を目の前にしてまで息子の前ではふざけました。
動物の中で一番恐怖なのは死と言われています。その恐怖に息子への愛が勝ったんだから彼はすごいです。
ちなみに収容所の注意事項を勝手に訳した迷惑行為は、ちゃんと訳せる人にちゃんと訳して皆と自分に教えてくれというシーンがあったので、そこの部分は許せました。

それにしても、彼に恋をした彼女は大変な目に遭いましたね。下手すりゃ死んでますし。笑

Posted by: ぱこ | 02/22/2017 at 21:02

>悲劇性を極力少なくした映画。

原爆の被害を背景にした映画を作り、その映画が悲劇性を極力少なくした表現だったらどのように感じるのでしょうか?

原爆の被害、悲惨さ、非人道性、を描くことがその映画の本筋でなければ、それが映画の醍醐味として受け入れるのでしょうか?
この映画の主人公が常人ではないことよりも、それを受け入れられる感性が信じられないのです。

原爆投下とホロコースト。
根元的な悲劇の性質は同じものだと思います。
違うと言うのなら説明してください。

この映画を賛美する人がこのブログ上でコメントをする場合は、
“人生の素晴らしさを知った”
“戦争の事実を伝え学ぶモノではない”
“感動した”
等々を投稿する前にこの点に関してこの映画の背景であるホロコーストと原爆被害との違いについて、あるのなら明確に説明するべきです。
できないのであれば、あなた方が感動したことは身勝手な事であり、
それを他人に吹聴すべきではありません。
不快を感じる人には更なる不快を与えるだけです。

この場で、これまでと同じ意見や感想の垂れ流しをしても何の進歩も意味もないように思います。

Posted by: くろすけ | 02/24/2017 at 00:40

非常に恵まれ時代に作られた映画で、
シンプルでも当時はよかったのだと思います。

今は、遠く未来であって、
日本人が望まなくとも、また争いの時は来るかもしれませんよ。

この映画からは何を学べるのだろうか、
自分にはわからないです。

この映画の美しさのフレーズは、悩んでコメント、評論をつづけた人達に与えるべき言葉だと思います。


戦争を避けたいと願うことと、作品の評価は別個で意義はありました。

Posted by: アリ | 02/26/2017 at 02:59

言いたいことはよくわかります。主人公は自己中心的…その通りだと思います。

一方でこの映画は、人生でどんなことが起きても愛を貫き、生きる希望と力を得るといったことをテーマにしてると思うのですがどう思われますか?

この辺の解釈を加筆願いたいです。

Posted by: orange | 03/04/2017 at 04:11

何をテーマにしたのかはわかります。主人公は自己犠牲をもって息子を守った。

数百万人ものホロコーストの犠牲者もできる事ならそのようにしたかったでしょうね。
でもここではそうはできなかったんだよ!!

許せないのは美しい事や理想的な事を描くために都合よく悲惨さを軽微に描いている事です。
原爆被害を軽微に描く事とホロコーストを軽微に描く事の違いについて何かあるのでしょうか?
同じ事なんですよ。

要求はこの辺の解釈を加筆してからにしたらいかがでしょうか。

Posted by: くろすけ | 03/11/2017 at 23:32

これはギャグ映画でしょ?(コメディで無く)
陰鬱な状況と馬鹿馬鹿しい行動のコントラストで笑う
シュールな作品なのに。
最初の方で言ってる通りシネマ坊主で書いてる事がこの映画のすべてですよ。
主人公の最後がこの映画を感動物に誤解させてしまった。
でもカタルシスとヒロイズムの混解も作品の深さと考えればすごい作品だと思う。

Posted by: tarmzer | 03/13/2017 at 11:05

皮肉の効いたコメディに全力で的外れな意見述べてるとしか思えない。時代劇見て、実際の江戸時代は立ち会いじゃなければ喧嘩両成敗で双方御家断絶だよね、ってツッコミ入れてるようなもの。ちゃんと映画を理解して観ようよ。

Posted by: てか2017年 | 04/12/2017 at 02:34

この映画が感動作であるとのたまっている事の方がこのような状況設定でギャグをやる事を容認できるよりもいくらかましに思えます。

軽薄さで失敗しているとは言え製作者は感動作を意図しているのは明白です。

この映画がギャグ映画という意図をもって制作されたのであれば、
制作者は公開前の時点でそのようなコマーシャルなりプレゼンをしなければならなかったはず。

例えば、ポスターなどのパッケージのデザインによるイメージ。
なぜ メリーに首ったけ、やオースティンパワーズ の様なおふざけ感を出さなかったのか。
ニューシネマパラダイスのような名作物を期待させるポスターによって多くの人が不快感を被る羽目になったと思います。

強制収容所でグイドがドイツ兵に向かってアッカンべ~をしているようなおふざけ感満載のポスターにすれば即座に違和感を感じる事ができて観たくもない映画を見なくても済んだはずです。

そのような事前情報を見たり知ったりした上でこの映画を見て批判するのであれば最初から見るな、と言われても仕方がないでしょう。
(そのようなものを制作する事への批判は必ず起きます)

戦争の悲惨さを知りたければドキュメンタリーを見ればよい、という主旨のコメントもいくつか見受けられましたが、見させられたものに関して批判をしているまでです。

シュールだとかコントラストだとか芸術性を表現する言葉はこの映画には不釣り合いです。
超現実主義ではなくて非現実的というネガティブな意味では合うでしょうし、この映画をギャグとして楽しめる人とそうでない人との感性の違いはまさにコントラストが高まるように思えます。

そのような感性の人には被爆直後の広島、長崎でギャグをやったらコントラスが最高潮に高まるのでしょうね。

Posted by: くろすけ | 04/20/2017 at 20:15

前半、実写版のトムとジェリーみたいで私はおもしろかったです

Posted by: ガラパゴス亀岡 | 04/24/2017 at 13:24

この人の言ってる事も分かるけど、これはこれであり。自分は感動まではしなかったけど普通に良かった。子どもがいるかどうかで感じ方も変わるんだろうな。親の資質にもよるので一概には言えないけど、子どもに第2次世界大戦の時にこういう事があったという事を教えるのにも調度良いし、そういう意味でも存在価値はある映画だと思う。


みんな多分この映画を見て感動して他の人の感想を見てみようと思って、検索かけたら、一番上に<『ライフ・イズ・ビューティフル』 自己中心野郎を美化した許し難い映画>って出て来てあっけにとられるんだろうなあ。

ほとんどの人はこの映画を良い映画だとしている中で、ここまでの感想はこの人だけなので面白かった。

ただ、表現の自由はあるからね。

Posted by: かずひ | 05/19/2017 at 11:51

父親の愛からくる(見る人によっては愚かとも取れる)振る舞いによって、悲劇の中でも明るく生き延びることのできた息子を描くことで、逆境の中でも自分の在り方次第で変わるということを伝え、そしてその愛の深さによって観ている者の感動を誘うという点についてはこの映画は成功している。
コメディ調を取ることで、垣間見える悲劇性をより際立たせ、感じ取りやすいようにもうまくされていたようにも思う。
ただ、ブログ主さんやくろすけさんがおっしゃるように、扱った題材があまりにも重すぎた。
大衆受けしやすくコメディ調にした結果払った代償(ホロコーストが軽く描かれ過ぎている)が大きすぎて、実際の被害者たちの気持ちを考えると浮かばれない。
製作者側たちが本来伝えたかったこと以外にも、戦後を生きる者として私たちはこの映画をきっかけにまだまだ学ぶべきことがある。
それはたった1つの映画のレビューだけで、自分とは異なる他人の感性を頭ごなしに否定することの傲慢さについても言えるのではないか。

Posted by: ぽんすけ | 06/30/2017 at 19:11

この映画に対してグーグル先生が最初に挙げるレビューがこの問題文だけに草生えるwwww

Posted by: よりによって | 07/23/2017 at 21:10

今春、カンボジアを旅しました。
最大の目的はアンコールワットの見学でしたが、わずか40年ほど前にポルポト派による自国民に対する大量虐殺が起きた事を知っていたので、プノンペン郊外にあるキリング・フィールドを訪れました。

滞在日数に余裕があったから行けたと言えますが、ここでライフ・イズ・ビューティフルを批判している自分にとってそれを素通りして帰国する事は自分が許しませんでした。

非常にきつい場所でした。
落涙するのを堪えるのが必死になるほど。
欧米から来た人達も、ただ茫然と各国語に翻訳された音声ガイダンスに聞き入っていました。
衝撃だった事の1つに日本を含む先進国が当時のポルポト政権を正当な政府として承認していた事でした。
平和な日本の高度成長期に、とんでもない惨劇が起きていたのです。
その規模たるやナチスのホロコーストの半数の300万人にもなります。

自分にとってライフ・イズ・ビューティフルの存在価値があるとするならば、反面教師としての役割があった事。だからこの地を訪れた。

偽善 独善 欺瞞 傲慢 無知 無関心による無作為の助長。

このブログを批判するコメントを垣間見るに至ってライフ・イズ・ビューティフルを肯定する人達の性質を連想する言葉です。
この映画そのものへの批判よりも、むしろそちらに問題があるような気がしています。
過去のこのコメント欄にその性質の顕著な具体例がありますが、長くなるので今回は割愛します。

帰国後に かなり以前に見た事のある映画“キリング・フィールド ”を再見しました。
私にはこの映画を批判的に見る要素は見当たりませんでしたが、当時の生き残りの実体験者からは批判があった事を知りました。
それはこの映画の肝が男同士の友情と絆を描いたものだったからのようです。
実体験者からすれば大量虐殺を背景にしながらその悲劇が主題ではない事の憤りや歯がゆさなのだろうと理解しています。

カンボジアで遺跡やナイトマーケットやアプサラダンスを見て楽しみだけして来る事もできましたが、カンボジアの人々の苦難の歴史の一端を見て、初めて世界中から観光客を受け入れる事ができるようになった現在のカンボジアに感慨を深められる旅になったような気がしました。
それで全てを知った気になったつもりはありませんが、知ろうとしないよりもはるかにましだと思います。

本当の感動とは真実を知ろうとするところから得られるものでしょう。
それができない人達に映画の見方が悪いと指摘されるのは心外の極みです。

Posted by: くろすけ | 07/26/2017 at 18:25

映画の個人的な感想、批評に対して、それを書いた人の人格否定に至るコメントをするような人生は全く美しくないよ。
そんな人達がよくライフイズビューティフルに感動出来たもんだね。

個人的には深いこと考えずに見て、まあまあ面白い許せる映画だったけど。

Posted by: あ | 07/27/2017 at 11:35

映画の批評をする価値のない人間のサイトが公になってしまう、このインターネット社会に恐ろしさを感じる。
何かを批判するのって頭が良いと錯覚できるもんね。
もう少し色々と勉強したほうがいいんじゃないですか?

Posted by: なかじまあい | 08/09/2017 at 13:18

映画の感想を公表する事に何の資格が必要なのか?
直前のコメントに傲慢さについての記述があるにもかかわらず、また現れました。

そんな人間にこそ映画を批評する価値と資格が無いのだと思います。

自己の無知で下劣な見識を持って、インターネット社会を恐ろしくしている根元が自分自身であることが分からない滑稽さを感じます。
自分には他人を中傷する資格があると思い込んでいる愚かさと未熟を棚に上げて他人に陳腐な忠告をする不遜さ。

過去に似たようなコメントが下記の日時にも投稿されています。
>>posted by: ライフイズビューティフル | 04/23/2016 at 16:48

ここにも映画を何かの経験値だけで評価しようとする傲慢さがありました。

この映画を賛美する人にこのような性質の人間が多いのは何故なのでしょうか。

憤りを通り越して哀れみを感じます。

Posted by: くろすけ | 08/16/2017 at 09:00

かぐや姫の物語を名作扱いする人間のレビューなんてこんなもんだろうw

Posted by: タナー | 08/21/2017 at 05:07

なんだかあなたのレビューは自分の思い通りにならないと癇癪を起こす年寄りでも見ているようでした。

この映画は絶望の中でも、考え方・振る舞い方次第でとても素晴らしい人生だと感じることもできる。
というのを唄いたいのではないでしょうか。
グイドは確かに自己中心的な振る舞いをしているかと思います。
ただそれをグイドは全て把握した上で敢えて行動していたらどうでしょうか。
それでも、その行動が理解できないというのなら、もはや語ることはありません。
少し視野を広げてみてはいかがでしょう。

Posted by: 通りすがり | 10/13/2017 at 15:24

つまらない人...
そして、可哀想な人なんだと思いました。
あなたの述べた感想を読んで率直に感じた事としては。
理解出来ないのであればあなたが一生観なくて良いだけの話です。
ライフイズビューティフルで検索した際に、このように不快な物言いが長ったらしく続く感想が残り続けるのはこの映画を大好きで居る方々に大変失礼だと思うので、消して下さい。
あなた自身の感想は自分の中にだけ留めておけば良いでしょう。
消さずに残し続けるのであれば、あなたの言う『自己中心野郎』はあなた自身の事です。

Posted by: みちる | 10/29/2017 at 15:40

先人が流した多くの血によって今日生きる私たちが享受できている言論の自由を、たかだか1つの映画のレビューごときのために否定するのですか?
ブログ主の方は誰かの人権をひどく侵害しましたか?
人々に「自分とは異なる考え・解釈があっても良い」という、広い心が無ければ、平和は程遠いと思います。
この映画を見て(しかもそれに感動したという人たちが)、平気で他人の思想や人格を否定することに驚き。
まさかの平和を祈って作られた戦争映画のレビューブログで思い知らされる、平和への道の険しさでした。

Posted by: ぽんすけ | 11/13/2017 at 02:18

頭カチコチ人間の戯言
自称映画マニアがこれぐらいのユーモアも理解できないとか()
無理矢理エリート気取ってる君の文章の方が許し難いわ

Posted by: タドコロコウジ | 11/15/2017 at 19:21

傲慢と謙虚。

この映画が唄おうとしている事は、この映画を批判する人も分かっている事です。
論点をそこに持ってきてなんの進歩があるのでしょうか?

ブログの本文ではこの映画の許し難い部分を3段階に分けて説明しています。
>まあ、それは大した問題ではない。
>いや、前半はそれでも大目に見るとしよう。

このブログの本文には映画なのだから大目に見るという一定の寛容さがあるのです。これ以前は単なる感想であり、これ以降に議論すべき許し難い部分があるでしょう。
ユーモアの事など問題視していませんね。

>ホロコーストという歴史的事実の持つ本当の恐ろしさ、本当の悲し>み、本当の残酷さを軽々しく無視したこの映画
>「やっぱりこれは外しちゃいかんだろう」というラインは存在する>はずだ。

そこに踏み込んだ意見をする投稿が1つも見当たらず、論点をユーモアにすり替えるのはこの部分に反論のしようがないからでしょう。

私は(恐らくブログ主さんも)どんなに自分の意見に正当性があっても、この映画を賛美している人の集まりに乗り込んで上から目線で持論を展開するつもりは毛頭ありません。
それが正常な感覚の持ち主と言うものでしょう。

いかに謙虚であろうとしても、それが許し難いものだとしたら・・
謙虚である事と自らの考えや感性を表明する事とは別問題です。
綺麗な街や美しい大自然の中にごみをポイ捨てできるモラルの低い感性の独善的な理屈に付き合えるだろうか。
楽をして利益を得ようとする犯罪者の利己的な論理を真に受ける事ができるだろうか。
同じような事で許し難いと言っているのです。
エリート気取りだとかではなく人間性の相違でしょう。
私は切れ者ではありませんが、頭が良くても人間性が最低であるよりも100万倍ましだと思っております。

このページはこの映画が存在する以上残し続けるべきものです。
映画を製作するという事は(特にこのような状況設定で)それだけの覚悟がいる事なのだと思います。
まして感想を削除しろとは言語道断です。
言われずとも二度とこの映画を見るはずがありません。

自分の好きな映画を批判されて腹を立て、噛みつくよりも謙虚な視点を持つべきでしょう。
それでも自分の感性を信じられるなら二度とこのページを閲覧しなければいいだけで見続けるのは自信の無さの表れという事です。
ここで文句を言う事の方がよほど癇癪を起こした年寄りのようです。

このページの検索上位は、この映画に疑問を持つ人が数多くいて共感できるまっとうな感想文だからでしょう。
このブログはその人達のためのものです。
しかし映画と同質の感性の持ち主の存在をあぶり出す役割を持ってしまった事がこのブログの存在価値を高めているように思えます。

中傷まみれを覚悟し異常な投稿に対しても掲載に応じている事こそが謙虚さの現れであり、もはや語ることは無い、とはこちらのセリフだという事です。

視野を広げろと言う人こそ歪曲された美談のその一点の視野でしかこの映画を見ていない。
自分の側からでしか物事を見る事ができずに削除などの不当な要求をする事こそが傲慢であり自己中心的なのだと思います。

Posted by: くろすけ | 11/16/2017 at 18:09

実はこの映画を自分の妻から勧められて鑑賞したものの、主さんと同じく全く感動できなかった者です。
コメディタッチといいますが、いくらコメディでもあまりにも常識から外れた行動を見せられると感情移入できません。
ましてやMrビーンのような明らかにおかしな人物ではなく息子を愛し救おうとする父親という設定なわけで・・・。

あとこの映画とかぐや姫を対比させる人がいますが、僕自身はかぐや姫の物語は素晴らしい作品だったと思います。
やはり感性が違うとしか言えないのでしょうか・・・。

Posted by: ふぅ | 12/12/2017 at 23:19

自分はこの映画が大好きです。
とても素晴らしい作品だと思います。
本当に好きだなぁ♪

Posted by: ちー | 01/13/2018 at 21:15

この作品がいいとか悪いとか思うのは個人の自由です。
自分がいいと思ったから、好きな人が多いから嫌いな人はおかしいって言うのはどうかと思います。

お気に入りの作品をけなされて憤慨してる人がいますが、逆にそういう人が駄作だと思う作品を大好きだという人もいるはずなので、お互い様だと思います。

Posted by: さなえ | 01/24/2018 at 00:57

戦争映画というジャンルが好きな人は絶対に見ちゃいけない映画だと思いました。
正直、自分もそういう類の人間なので管理人さんと同じくこの映画は凄く苦手です。
大前提に、戦争の背景をそこまで考えずヒューマン映画、ファミリー映画として『ライフイズビューティフル』を鑑賞するのがいいんでしょうね

Posted by: か | 01/31/2018 at 16:15

アカデミー賞関連で再放送されていたのを観て、
なんか収容所の描写がおかしくない?
そう思うのは私だけと思って検索したら、
絶賛の海の中、こちらのブログにたどり着きました。

そしてコメント欄の壮絶なやり取りに
映画よりも考えさせられました。

息子の回想だから・・・そうかもしれません。
でも、お父さんが死体の山を見るシーンのように、
影では同室の人から苦言を呈されたり、
密告されそうになるのを必死で懐柔したり、
という描写をすることもできたと思うし、
過酷さを描くことで、逆に息子の前での
道化ぶりに共感できるようになるのになあ、
と私は思ってしまいました。

戦争を肯定したり、収容所自体(甘いけど)
美化したりしてはいないので、
悪い映画!とまでは思わないのですが。

この映画が大好きな人たちは多いと思いますし、
脊髄反射なんだろうなとも思うのですが、
多くのコメントが主さんの口を塞ごうとする感じが
最近のMe,tooに対する反応に似ていて、
ちょっと怖いなと思いました。

自分が心地よくいるために、
他人の発言権を奪う前に、
それが本当に正当なのか、
例え、言い方が気に障ったのだとしても、
それが直接自分に投げかけられたものでもないのに、
ガッとつかみ掛かって、相手を黙らせにいくべきなのか。

あらゆる意味でファシズムをあぶり出す、
そういう意味では、
この映画は成功しているのかもしれませんね。

Posted by: mou | 03/03/2018 at 19:01

何年も前のブログだと知って書き込むけれど、言いたいこと8割方同じだ。
というかもう前半でこの主人公に耐え難いほどの嫌悪感を覚えてしまったのでたぶん後半、これ以上にいい事をしたところで、私の中ではこの主人公はいい人にはならない。生理的に無理。
それだけの話だと思う。100人が100人嫌いになる人がいないのと同じように100人が100人好きになれる人もいない。
あとの部分にケチをつける気はないが、誰もがその作品を好きだと思うなという意味で主張したい。私もこの作品が大っ嫌いだ。ただこんだけ嫌いにさせるほど強い作品だったことは認めざるを得ない。

Posted by: key | 03/17/2018 at 20:41

万人が良いと思うものも万人が悪いと思うものもこの世にはないので、自分が良いと思った作品であろうと悪いと思う人がいるのは当然の話で、それを否定する気はないし自分の意見を押し付けるつもりもさらさらない。
ただ問題なのは、この映画のタイトルだけで検索をかけた場合にこのレビューがすんげえ目立つとこに出て来るってことだけ。たぶんタイトルだけで検索をかける人はこの映画に対して批判的な印象を持っていない場合が多いと思う。サジェストで否定的なワードをあれこれ付け足して検索するだろう。そういうので引っ掛かる中に埋もれてりゃいい程度のレビュー。
このレビューがこんな目立つとこになければ誰も見向きもしないよ。

Posted by: 無名 | 04/01/2018 at 03:28

「2005年の批判レビューに未だこれだけの論争が続いている」という事実こそ、皮肉にも①「この映画が今なお語り継がれる不朽の名作である」という証拠になっている。
肯定派はもちろん否定派でさえ、この作品からある種の(その是非はさておき)影響を受けたからこそ、ここまで白熱したのだ。「多くの人間の心に強く印象を残し、何かしら考察させるという影響を与えた」時点で、映画作品としては十二分に成功していると判断できる。

ただ②「名作だからといって必ずしも万人にウケるわけではない」、これもまた事実。

①と②は両立可能であることが抜けてしまう人が多いようだ。

Posted by: あくまで私見だが | 04/03/2018 at 06:43

先日のアニメーターの訃報に接して思い出しました。
実のところ他に山ほど言いたい事がまだありますが、この機会に繰り上げます。

個人的に映画とはかぐや姫の物語等のアニメを含めて芸術性をも追求できるものなのだと思っています。

ライフイズビューティフルを高評価する人が、かぐや姫の物語のような作品をこき下ろす傾向にあるのだとすれば
(コメ欄に複数存在)、芸術を理解できる人と表面的な娯楽だけ求める人との相対関係みたいなものを感じます。

シンプルでありながら味わい深い物と、上辺だけの安直な作り話。
高尚と低俗、とで考えると非常に合点がいくような気がします。

感性の違いと言えればいいのですが、民度の平均値を押し下げて欲しくないものです。

Posted by: くろすけ | 04/06/2018 at 23:15

高評価されてる映画でしたので、
昨夜借りて観てみました。
なぜこれほど高評価されているのか理解出来ず、
検索掛けてこのページに来ました。
ほのぼのさんの意見を読んで安心しました。
つまらない映画と思ったのは僕だけじゃなかった事が
分かったから。

ほのぼのさんと同感です。
僕の場合(所見ですよあくまでも所見)、
観た時間を返して欲しいと言いたいくらい。
前半、ギャグのレベルの低さで、どっちらけ。
そしてあり得ない後半の展開。
ラストで子供が「やったー勝ったんだー!」と
叫ぶシーンを観て、マジで信じ込んでたの?
バカだったんだこの子と驚きました。

それとこのページのいろいろなコメントを読んで
思った事ですが、ほのぼのさんが自身のブログに
どのような感想を書こうと自由です。
そこへコメントする側は、
自分の感想を投稿するのも自由です。
ブログ主さんがそれを拒んでいないので。

しかし、しかしですよ、コメントする側は、
最低限のマナーとして、自分の考えを正当化し、
ブログ主さんを攻撃、非難する事はやってはいけません。
ブログ主さんの人間性に言及する事もアウトです。
あくまでもこの作品に関する自分の感想だけに
しぼって欲しいと思います。
主さんは、この映画の酷評をしていますが、
高評価している人を非難していませんよね。
攻撃していませんよね。
その人たちの人間性に言及していませんよね。
マナー守っていますよね。

最低限のマナーは守ってもらわないと、
ブログに自分の意見など、書けなくなります。

いくらもっともらしい事をコメントしても、
自由の元で批評した人を、攻撃・非難した時点で
お子様レベルですよ。


>松本人志が高評価した?

そうなの、それで? それが何か?


>イタリア語もドイツ語も解りますので、
>字幕なしですべて理解できましたので、
>とてもおもしろかったです。

イタリア語とドイツ語を理解出来るんだ、すごい!

>イタリアにも住んでいたので多少なりとも
>イタリアのお笑いセンスは理解しているつもりです。

へー、イタリアにも住んだ事があるんだ、
外国に住むってあまり経験出来ないよね、良かったね。


Posted by: 通りすがり | 04/23/2018 at 11:11

十数年前の記事で今もなお議論が交わされているってすごいですよね。
とりあえずブログ主さんは、勧善懲悪の図式に囚われすぎではないでしょうか。主人公の身勝手な振る舞いに対して「普通何らかのエクスキューズがある」とのことですが……。
フィクション作品において間違った行いに対するしっぺ返しを描くのは、大なり小なり勧善懲悪が作品のテーマとして存在するか、もしくはしっぺ返しの部分で面白みを演出するためでしょう。もちろん例外も多々あるでしょうが基本はこの二通りだと思われます。この作品は明らかに勧善懲悪とは別のものをテーマにしているので、必ずしもしっぺ返しのお約束を組み込む必要はないのではないでしょうか。しっぺ返しがない=主人公の振る舞いは正しい、という勧善懲悪的な図式があるわけではないと思いますよ。
そして倫理観・正義感の強い視聴者がその部分に不快感を覚えるのもしょうがないことだと思います。ちなみに私としては、幸せな家庭から一転、息子とともに収容所に送られるという事態だけで、しっぺ返しを通り越した理不尽なほどの悲劇だと感じます。

ホロコーストの描写ですが……。私としては、この作品の描写は史実を題材とするときに配慮すべき最低限のラインを一応超えているとは思います。主人公がユーモラスな雰囲気を強引に保とうとしている中で、ときおり(どうしようもなく)顔を覗かせる収容所の凄惨さに、何度も背筋が凍る思いをしました。フィクション作品の不謹慎さに対する寛容度が個々人で違う以上、この点はいくら議論しても決着はつかないと思います。それでもあえて言うなら、ホロコーストに関わった国々が現状「セーフ」と判断している以上、セーフなんだと(納得しないまでも)受け入れて、本題の愛とユーモアの素晴らしさについて話を進めるか、もしくは議論の席を立つほうが生産的ではないでしょうか(今更議論しているのは私くらいでしょうけど笑)。テーマを原爆に置き換えたところで一緒でしょう。私は長崎育ちなのですが、長崎・広島以外の人々と関わる際、原爆に対する考え方の温度差を度々感じますよ。
コメントでも何度も述べられていますが、重要なのは視聴する側のモラルだと思います。この作品を見て「あれ、ホロコーストって意外と大したことないな」と感じてしまうなら、明らかにその人の受け止め方に問題があります。ただ商業作品における描写を歴史的事実として認識してしまう人間が一定数いるのも事実でしょうから、論評の場などで互いに注意喚起し合うのはいいことだと思います。

なぜ今更コメントを書こうと思ったかというと、最近『この世界の片隅に』という映画を見たからです。広島原爆を題材にしており、筋書きが『ライフ・イズ・ビューティフル』と似ているな〜と感じて懐かしくなったので、その流れで数年前に拝見した当記事に今更長文コメントしました(笑)。
『この世界の片隅に』も『ライフ・イズ・ビューティフル』も、スマホで簡単に歴史を調べられるようになった今だからこそ、とっつきやすい作品だと思います。今の十代の子に見せても、視聴後「ホロコースト」くらいはスマホでググってくれるでしょう。ホロコーストについて調べた後、子どもが「『ライフ・イズ・ビューティフル』のホロコースト描写ってあんまり良くないよね、不謹慎」という感想をもったなら、それはそれで大変意義のあることだと思います。製作者の意図するところとはだいぶ違った感想にはなりますけどね……。

Posted by: ロッカー | 10/01/2018 at 16:43

類似投稿に対する重複内容、長文をお許し願います。

直近の投稿の中盤
>もしくは議論の席を立つほうが生産的ではないでしょうか

議論の席を立つ…とは何を意味するのか?

ブログ主はApr 13, 2015のコメントを最後に3年以上前から無反応で既に議論の席を立っている。
それを知った上での言動であればこれはブログの削除要求と捉えられる。

他人の感想の削除要求をするようなファシストそっくりさんがファシズムが犯した大罪を扱った歪曲映画に感動したなどとほざく事にグロデスクなものを感じて気持ちが悪い。

>セーフなんだと(納得しないまでも)受け入れて…

私はそんな感性に納得しないがそのような感性の持主が存在する事を認識している。
つまりは否定派の誰もが納得しないまでも既に受け入れている。

例えて言えば、犯罪者の心理に共感しないが、この世に犯罪者がいる事を認識せざるお得ない、と言うのと同様だ。
もっと踏込んだ例えをしてみる。
かつて目の不自由な老婆が強盗に刺殺されたという報道に触れた事がある。
それ以来、自宅に侵入してきた賊は得物を持ってでも撃退しなければならない、と常々覚悟を決めている。
であるが、外出中にその様な連中に説教をしたり戦いを挑んでいたのでは命が幾つあっても足りない。
しかし自宅に侵入された場合は違う。
命乞いのいとまがあるかどうか分からない状況下にあって正当防衛の闘いは是非も無いであろう。
このブログに乗り込んで削除要求などをする傲慢な輩はブログ主の自宅に侵入する居座り強盗となんら変わりないように思える。

このブログに否定コメントする人で当事者気取りの輩がいるが何の確証も無いし、説得力がまるで無い。

>私はユダヤ人、祖母が強制収容所経験。
>私は広島出身、両方の祖父母を原爆で亡くした被曝3世。
>私は長崎育ち。

えっ!?なのに…???
それを公表するのなら更なる責任を負うべきだろう。
当事者から何を聞いたのか、そこが大事なところなのに何も語られない。
彼我の情報量の違いや温度差とやらを明確に示さなくてはならないし、
当事者である事とこの映画を容認できる事の関連性も詳述して初めて説得力を持つ。
これでは“私は被爆国に住む日本人です”と端に言うのと大差ない。

>テーマを原爆に置き換えたところで一緒でしょう。

何がどう一緒なのかブログ主が本文で書き示した内容に対する具体的な反論は一切無しで長崎在住の経歴だけで論破できると思うのなら大間違いだ。
私は被爆者だ、だから私の言う事を聞けと言ったら議論が終るのか。
ホロコーストの当事者はこの映画に感動などしないだろう。
実体験者が起こした上映禁止訴訟を真摯に受けとめるべきだ。
筆舌に尽くし難い当事者の経験を顧みず、
犠牲者の心情に寄り添えないから浅はかな感想を持てるのだろう。
その心情を即座に汲み取ることができる人(違和感を感じた人)はこの映画のテーマ性などという感銘には辿り着かない。

それでも自分の考えを変えたくない、自分の感性を肯定するために他人にその感性を強引に認めさせようとするのは単なる自己愛からくるエゴイズムに過ぎない。
このブログのタイトルと同様と感じる。

原爆の恐ろしさを軽微に捏造し家族愛を主眼に据えた映画を作っても別途で真実を知るべく注意喚起すれば受容すべきという捻れたロジックと感覚そのものを理解したくない。
誰が注意喚起すると言うのか?
この映画の最初でもエンディングでもその様な注意書きがあったか?
全ての人が注意喚起する保証でもあるのか。
被爆の実相については各自でググってください、と注意書きでもすればデタラメが許されると言うのなら、その何でも有りの感性は物の見方の根本的な問題なのだろう。

歴史的背景のその実態は各自で勝手に調べろと言うのは感動作の名のもとに責任放棄している無責任映画と言う事も言える。

そもそも国際映画祭で受賞した本作であり、評論家、批評家の評価、各国にあるであろう映倫のような機関も含めて必ずしもあてにならない。
一定期間での商業的なイベントの下で見誤ったのだとしか思えないし、実際影響力のある人物に評価が左右される事例がある事を知っている。
20、30年のスパンで評価させた場合、相対的に見てもこの作品が高ランキングされるはずが無い。
国や機関、映画賞、司法判決が人の感性をコントロールできるものでは無いからだ。
そんな一時の物がセーフとお墨付きを与えてるから全ての者が受け容れろと言う考え方は戦時中の全体主義によく似ている。
真の評価は長い目で見た観衆の感性とモラルによるものだ。

>論評の場などで互いに注意喚起し合うのはいいことだと思います。

注意喚起が必要な映画だから批判されるのだし、
注意喚起する場はこのような批判ブログが有効なのだ。
このブログが必要な証拠に以下のような投稿があった。

Jul 13, 2015 の投稿
>この映画評を拝見しはっとしました。
>……(中略)……
>その点を鑑賞後に思い至らなかった戦争を知らない私からすると、なるほどと感心するばかりです。

この方はこのブログと出会い初めて気付き感心に至った。
同様の人が大勢いるであろう。
映画自体がこの様(ざま)である以上、貴重な機会を提供しているブログと言える。
感性を矯正しようとするのでは無く、適切な助言の場になっているのだ。
この映画に感動した人の8割方がこのようなタイプだと見ている。
そのほとんどの人がまがい物の高評価の多くの記事を見て感化されてしまうのだろう。
真理、真実が違うところに在るのに間違ったものを是と見てしまうのは集団的同調によるものだろう。
心理学を知らなくても容易に想像はつく。
それはファシズム、ナチズム、全体主義、軍国主義が台頭した歴史からも明白だ。
この様なブログと出会うことが分かれ道になりうるが、その上で軽い気持ちでテーマ性だけで評価するのなら誰も止められないだろう。
そんな風潮には只々嘆かわしいと感じるのみ。

モラルが有り感性がまともでも単に知識と想像力が足りない人がこの無責任映画を感動作なのだとして定着させられる事態はとんでもなく罪深く、その鑑賞者は非常に哀れだと思う。
出来てしまった以上消す事が出来無いこの下劣な作品は未来永劫批判とワンセットにしなければならない。

議論の席を立たせる(ブログ削除)のなら注意喚起する場など無くなり、それこそ何の生産性もない。
この件での生産性とは上記のような気付きの感想を持つ人々が現れ続ける事を指す。
少しでも疑問や違和感を持った人が検索し閲覧すべきページなのだ。
反対意見者の巣窟に乗り込み何かを矯正しようと試みるか削除要求する事こそが生産性がない。

直近の投稿の中盤
>この作品の描写は史実を題材とするときに配慮すべき
>最低限のラインを一応超えている…

同一投稿の終盤
>ホロコースト描写ってあんまり良くないよね、不謹慎」
>という感想をもったなら、
>それはそれで大変意義のあること…

最低限の描写ラインは越えているのに、不謹慎という感想を持つ事に意義があると言う投稿の内容は全くもって辻褄が合わない。
描写ラインが最低限あれば不謹慎と感じる必用がない。
描写ラインを逸脱しているから不謹慎と感じるのだ。
毎回、話しの筋道が無茶苦茶な反論投稿を目にするが(賛否があるから名作だと言うのも含め)今回も内容に整合性を全く感じられない文章を見た。

付き合いきれないロジックにブログ主が出て来なくなったのも無理も無い。

Posted by: くろすけ | 11/06/2018 at 17:14

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