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03/01/2005

【映画】『ふたりのベロニカ』 魂のかけら

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ある映画を見て良かった/面白かったという感想は、普通、スクリーンに提示された映像やストーリーを批評的に見た結果出てくるものだ。
この場合の「批評」という言葉は、「知性や感性によって鑑賞物を解析する行為」くらいに理解して欲しい。つまり対象はあくまでも自分という存在の外にあり、それを知性で理解したり、感性で味わったりして、その鑑賞の余韻を「良かった/面白かった」あるいは「つまらなかった」という言葉にしているのだ。

ところがごく希に、本当にごく希に、そういう批評行為を超越したところで心を震わせる映画に出会うことがある。

そのような映画が他と決定的に違うのは、本来なら批評の対象となるはずの何かが、自分という存在の外になく、自分という存在の内にあることだ。
もちろんそんなことは論理的にはあり得ない。赤の他人が作り出した表現が自分という存在と同一であろうはずがない。それはあくまでも外側から与えられた、一個の鑑賞物に過ぎないはずだ。

それでも現実に、僕はスクリーンを見ながらこう感じてしまう。

「これは自分の魂の失われた一部分だ。今は別々の存在として対峙しているが、ここに映し出されているのは、間違いなく自分の魂のかけらなのだ」

そんな映画に出会うことは、本当にごく希だ。この25年を振り返っても多分十指に満たないだろう。
はっきり線引きしにくい作品もあって、実際にタイトルを挙げるのは少々難しいのだが…それでもこの十年間に最低4本、そんな映画と出会った。一本は『シン・レッド・ライン』、もう一本は『日本製少年』、もう一本は(少なくとも部分的には確実にそういう要素を含む)『霧の中の風景』…そしてもう一本がこの『ふたりのベロニカ』だ。

それらのほとんどは、もちろん「批評的に」見てもそれぞれに素晴らしい作品だ。しかし「批評的によい映画」は他にも少なからずある。その中でも僕がこれらの作品をとりわけ愛するのは、知性や感性を飛び越え、自分の魂と直接呼応し合う何かを、そこに見いだしているからに他ならない(もちろん「批評的によい」だけの映画も大いに愛してはいるのだが)。


しかし『ふたりのベロニカ』は他の三本と少々立場を異にする。他の三本は、「魂の映画」であると同時に、間違いなく「批評的によい映画」であり、その「批評的な良さ」を言葉で他人に伝えることは、原則的に不可能ではない。

ところがこの『ふたりのベロニカ』を批評の対象として見ようとすると、たちまち途方に暮れることになる。「映像が驚異的に美しい、音楽が涙が出るほど素晴らしい」と言うことは簡単だ。しかし僕は、この作品でキェシロフスキが表現しようとしたことを、きちんと理解したという自信がまるでない。事実何回見てもわからない描写がそこかしこにある。あの露出おじさんは何だったのか?(笑) ラストの父親の動きはどういう意味だったのか?…数え上げたら切りがない。
もちろん大まかなストーリーはわかる。だが「ファンタジック」というような言葉で納得するには、あまりに異質な何かがこの作品には含まれている。僕はその正体を掴んでいないし、おそらくキェシロフスキが表現したかった本来のテーマからは、少し遠いところに立っているように思う。

もし作者の意図を理解することが映画鑑賞の大原則なら、僕にこの映画を語る資格はないだろう。


そう、僕はこの映画について語る言葉を持たない。


だがその存在そのものを感じることはできる。

おそらく誰よりも強く感じることができる。


それはこの映画が、僕の「失われた魂のかけら」だからだ。

ちょうどフランスのベロニカにとってポーランドのベロニカがそうであったように。


フランスのベロニカは、最後までポーランドのベロニカが存在する意味を、言葉として解釈することはできなかったことだろう。

それでも彼女は、もう一人のベロニカの存在を感じ、その死に、いや、その存在そのものに涙を流した。
なぜ自分と同じ魂を持つものが、自分と別の生を受けたのか。
なぜその魂は自分をひとり残して死んでいったのか…


この映画は、おそらく『愛に関する短いフィルム』などと同様、「本来一つとなるべき魂が、決して一つにはなりえぬ孤独」を描いた作品だと思う。どの作品にもまして寓話的な手法が用いられているが、ある程度枝葉を落として、特に重要なポイントに着目していけば、そう解釈するのが自然だろう。


だが僕にとって、そのような「解釈」は大きな意味を持たない。

ベロニカがもう一人のベロニカを解釈しなかったように。


ベロニカは、もう一人のベロニカをただ感じ、その存在に涙した。


僕もまた、この映画をただ感じ、その存在に涙する。


(2000年10月初出/2001年1月改訂)

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Comments

TBいただきましてどうもありがとございました。『ふたりのベロニカ』お書きになっているとおりの作品だと思います。私は主に経済学や思想史の専門なのですが、今回は故あって映画・ドラマ評もどきを書いておりまして汗顔の至りです。奇妙な映画評を書く人ということでご容赦くださいm()m。またお暇なときにお立ち寄りください。では。

Posted by: 韓流好きなリフレ派 | 03/21/2005 01:53

何度見ても感動する作品だと思います。私もポーランドやフランスへ旅をして、命や人生について考えたいと思います。

クシシュトフ・キェシロフスキもフランソワ・トリュフォーももっと長生きして欲しかったです。

Posted by: 台湾人 | 02/21/2011 15:51

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